オリエント急行の歴史をまとめ始めました。
なお、列車ごとにまとめております。
から続いておりますので、あわせて御覧ください!
◆ オリエント急行
カレー ~ パリ ~ ウィーン 〜 ブカレスト
◆ シンプロン・オリエント急行
カレー ~ パリ ~ イスタンブール / ブカレスト
◆ アールベルク・オリエント急行(のちアールベルク急行)
パリ ~ イスタンブール / ブカレスト →(後に)パリ ~ ウィーン
◆ ダイレクト・オリエント急行
パリ ~ イスタンブール / アテネ(※経路はシンプロン・オリエント急行と同じ)
◆ バルト・オリエント急行
ストックホルム ~ トレレボリ(Trelleborg)~(連絡船)~ オドラ・ポート(現シフィノウイシチェ)~ ポズナン ~ ブダペスト ~ ブカレスト、ベオグラード
※のちに起点をベルリンに変更
◆ タウエルン・オリエント急行
ミュンヘン ~(タウエルントンネル)~ リュブリャナ ~ イスタンブール / アテネ
◆ ベニス・シンプロン・オリエント急行
ロンドン ~ ヴェネツィア(現行ツアー列車)
◆ ノスタルジー・イスタンブール・オリエント急行
※特別運行のツアー列車
「シンプロン」「アールベルグ」「タウエルン」の名称はどこから?
シンプロン・トンネル アルプス山脈を貫いてスイス(ブリーク)とイタリア(ドモドッソラ)を結ぶ国境越えトンネル
アールベルグ・トンネル オーストリアのフォアアールベルク州とチロル州の州境のトンネル
タウエルン・トンネル オーストリア Bad GasteinとMallnitz付近を結ぶ山岳トンネル
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1945 | 9月27日 アールベルク・オリエント急行(パリ〜インスブルック間)再開 11月13日 シンプロン・オリエント急行(パリ〜イスタンブール間)再開 |
| 1946 | オリエント急行(パリ〜ウィーン間)運転再開 |
| 1947 | アールベルク・オリエント急行がブクレシュティまで延長、ユーゴスラビアの食堂車業務をKSRが継承 |
| 1948 | オリエント急行 パリ〜ブダペスト〜ブカレスト間延長、CIWLがルーマニアとの契約終了、バルト・オリエント急行運行開始 |
| 1949 | オリエント急行 パリ~ブダペスト~ベオグラード間の列車が廃止。CIWL(国際寝台車会社)のチェコおよびハンガリーとの契約が終了。アールベルク・オリエント急行には、バーゼル~ウィーン間にプルマン車が増結(〜1957年)。 |
| 1951 | オリエント急行 チェコスロバキアを回避するため、経由がブラチスラバ経由からヘジェシュハロム経由に経路変更。ギリシャ国境が再開。シンプロン・オリエント急行がパリ~アテネ間の運行を再開。 |
| 1952 | オリエント急行 ザルツブルク~ウィーン間が電化され、電気機関車による牽引が始まる。パリ~イスタンブール間の寝台車は、ブルガリア~ギリシャ国境の閉鎖によりソフィアまたはスヴィレングラード止まりに短縮。 |
| 1953 | オリエント急行 盗賊対策でアレクサンドロポリスで夜間停車 |
| 1954 | オリエント急行 パリ〜ソフィア〜イスタンブール間運行再開、スヴィレングラード〜ピティオン間は貨物列車に併結されて運行。 |
| 1956 | オリエント急行 パリ~ブカレスト間寝台車がブダペスト止まりに短縮。ケール~シュトゥットガルト間の電化により電気機関車牽引が始まる。 |
| 1959 | オリエント急行 パリ〜ブダペスト間の寝台車が撤退 |
| 1962 | シンプロン・オリエント急行廃止、パリ~イスタンブールおよびパリ~アテネ間の寝台車は、より所要時間の長い緩行列車 ダイレクト・オリエント急行に移される。アールベルク・オリエント急行は廃止され、名称が「アールベルク急行(パリ~ウィーン間)」に変更される。パリ~ストラスブール間が電化され、電気機関車牽引が開始される。 |
| 1964 |
オリエント急行にパリ~ブダペスト間の寝台車が再導入 |
| 1965 |
オリエント急行 パリ~ブダペスト間の寝台車が、週3回ブカレストまで延長される。 |
| 1966 |
オリエント急行 ストラスブール~ケール間が電化され、パリ~ウィーン間で電気機関車による牽引が開始。 タウエルン・オリエント急行運行開始 |
| 1967 |
ワゴン・リ社(Compagnie Internationale des Wagons-Lits)は、社名の末尾を「et des Grands Express Européens(大陸横断急行列車)」から「et du Tourisme(観光)」に変更。 |
| 1970 |
ワゴン・リ社のトルコとの契約が終了。ただし特別協定により、パリ~イスタンブール間の寝台車の運行は継続。 |
| 1971 |
西ヨーロッパの鉄道各社が、「ヨーロッパ寝台車保有機構(TEN)」を設立し、寝台車の運行業務をワゴン・リ社から引き継ぐ。 |
| 1972 |
オリエント急行 パリ~ウィーン/ブカレスト間の寝台車が、毎年夏にパリ~ウィーン間の列車1162/3に転用される |
| 1976 | オリエント急行 ウィーン〜ヘジェシュハロム、ブダペスト〜ロコシャザ間電化、パリ〜アテネ間の直通寝台車撤退 |
| 1977 |
ダイレクト・オリエント急行 パリ~イスタンブール間の寝台車が廃止される(最終運行はパリ発が5月19日、イスタンブール発が5月22日)。ギリシア非経由でブルガリアからトルコへ直接入る新ルートが開通。ルーマニア区間では電気機関車の牽引が開始される。 ・スイスの会社によってノスタルジー・イスタンブール・オリエント急行が観光列車として運行開始。 |
| 1979 | 5月26日発をもって、タウエルン・オリエント急行(ミュンヘン〜ベオグラード間)が「イスタンブール急行」に改名され、愛称が消滅。 |
| 1982 | 5月25日 ベニス・シンプロン・オリエント急行(ロンドン〜ヴェネツィア間)が運行開始。 |
| 1983 |
オリエント急行運行開始から100周年を迎える |
| 1988 | 9月 ノスタルジー・イスタンブール・オリエント急行がパリからシベリア鉄道経由で香港へ。その後、日本に運ばれ「オリエント・エクスプレス '88」として走行。 |
| 1995 | 9月23日発をもって、バルト・オリエント急行が廃止。 |
| 2001 | 6月 オリエント急行の運転区間がパリ〜ウィーン間に短縮され、EuroNightに分類される。 |
| 2007 | 6月10日 TGV東ヨーロッパ線の開業に伴い、オリエント急行の運転区間がストラスブール〜ウィーン間に短縮。 |
| 2009 | 12月 定期列車としてのオリエント急行が廃止。 |
参考資料・文献
オリエント・エクスプレス物語 〜大陸横断寝台列車〜 ジャン・デ・カール著、玉村豊男訳 1982年
オリエント急行 教育社コモンセンスブック 教育社 1985年
オリエント急行の時代 〜ヨーロッパの夢の軌跡〜 平井正著、中公新書 2007
ThomasCookInternationalTimetable April 1977 ThomasCookLimited 1977(UK)
ThomasCookInternationalTimetable April 1979 ThomasCookLimited 1979(UK)
ThomasCookContinentalTimetable May 29-June 30 1983 ThomasCookLimited 1983(UK)
ThomasCookContinentalTimetable August 1995 ThomasCookLimited 1995(UK)
オリエント急行、セルビア鉄道、国際寝台車会社(いづれもWikipedia)