1988年8月の時刻表から。エキスポトレインわしゅう号についての備忘です。

 

瀬戸大橋架橋記念博覧会(1988年3月から8月まで開催)が開催された際に設定された臨時列車です。この博覧会は、岡山と香川の2会場でそれぞれ開催されており、この列車は岡山側会場への来場者への利便向上で設定されています。今でこそ岡山駅前、その周辺にはビジネスホテルがそこそこ建っていますが、瀬戸大橋開通直後に今ほどの宿泊客のキャパシティーを持っていた街でもなく、かといって一過性のイベントのためにホテルを建設するほどのプロジェクトを立ち上げられることもなかったわけで、当時の苦肉の策として、今回紹介するエキスポトレインわしゅう号が企画されたようです。

 

  運行概要 種別は快速の列車ホテル

 

当時の時刻表の紙面ですが、列車種別は「快速列車」です。

運転は夏休み期間中の8日間のみ(この時刻表には7月20日以降のスケジュールのみが掲載)。

下り(岡山発)が「寝台列車ホテル」となり、上りは「寝台列車ホテル」営業終了後、回送もかねて岡山に戻るダイヤです。

寝台列車マークがついており、列車番号が「9583M」であることから察しがつくように、583系寝台電車で運行されていました。これは吹田総合車両所京都支所(近キト)所属のものです。

 

 

 

  児島駅に疎開してショートステイ

 

下りの「寝台列車ホテル」の運行ダイヤですが、岡山駅22:08発、途中茶屋町駅で短時間停車後、終点といいますか、博覧会会場最寄り駅となる児島駅まで運行されます。下記が当時の紙面ですが、列車種別快速なのに、マークが寝台特急のものになっているのは、料金などの兼ね合いでしょうか。

 

ここからがポイントですが、児島駅着22:36で、ホームに停まったまま一晩越したようです。その後、保安上の理由からか、ホームと車内の自由な行き来は制限され、翌朝は5時ごろに乗降ドアが解錠されていたようです。よって下り列車としての運行(営業)はここで終了。

 

とはいえ、「翌朝7:07まで寝台をご利用できます」との明記が。7:07とは何を意味するのか?

「翌朝7:07まで」は、上り「快速エキスポトレインわしゅう」号として岡山に向けて出発する時刻。特に説明不要かと思いますが、チェックアウトといいますか、出発までは車内にいてもよいよ、と。その時間を過ぎると、問答無用に岡山に向かっちゃうよ、とw。

 

  翌朝は全席自由席の快速列車として岡山へ

 

翌日のダイヤについて。一晩児島駅ホームに停泊した後、7:07に岡山に向けて出発。下り同様途中、茶屋町7:17に短時間停車し、その後終点岡山着7:42でした。特に座席指定等の記事はありませんので、解体前の寝台に自由に座れたのでしょう。ああ、なんとのどかなルール設定!!



 

 

参考資料

・JR時刻表 1988年8月号 弘済出版社

・国鉄列車ダイヤ千一夜  猪口 信 交通新聞社新書

参考サイト:エキスポトレインわしゅう、国鉄583系電車(ともにWikipedia)