今回は今から四半世紀前にリリースされたイギリスの鉄道趣味誌『Today’s Railways Europe』2001年掲載の、David Haydock氏による各国時刻表事情の比較記事です。
2001年当時、ヨーロッパではまだ「紙の時刻表」が鉄道旅行の中心的存在でした。
もちろんインターネットによる経路検索はすでに始まっていましたが、現在のようにスマートフォンでリアルタイム検索を行う時代ではありません。駅構内Wi-Fiも一般的ではなく、多くの旅行者は事前に時刻表を購入し、自分で旅程を組み立てながら移動していました。
今回取り上げるのは、イギリスの鉄道趣味誌『Today’s Railways Europe』に2001年掲載された、David Haydock氏によるヨーロッパ各国の時刻表比較記事です。
この記事が興味深いのは、単なる冊子紹介にとどまっていない点にあります。
そこからは、
- 国鉄ごとの思想
- 旅客サービスへの姿勢
- パターンダイヤ化の進み具合
- 民営化・分社化の影響
- 国際列車ネットワークへの考え方
まで見えてきます。
しかもHaydock氏の文章は、単なる解説というより、かなり感情が乗っています。
例えばスイスには感心し、ベルギーやオーストリアには一定の好意的評価を与える一方、イギリスには「全国版時刻表文化の崩壊」を感じ取っています。そしてフランスに至っては、もはや「批評」というより怒りに近い熱量で書かれていました。
ただ、そのフランス編で興味深いのは、「昔はそうではなかった」という視点が見える点です。
記事中でHaydock氏は、かつてフランスで広く親しまれていた「Chaix時刻表」に触れています。
“Most French people would talk of the ‘Chaix’ when wanting to look up train times.”
(多くのフランス人は、列車時刻を調べる時「Chaixを見る」と言っていた。)
つまり「Chaix」という名前そのものが、時刻表の代名詞になっていたわけです。
実際、手元にはChaix時刻表があります。正方形で628ページという構成。「全国版時刻表文化」がまだ強く残っていた時代の空気を感じます。
しかしChaix社は倒産し、その後SNCFが時刻表制作を引き継ぎました。
そしてHaydock氏は、その後について、
“nothing was ever the same again.”
(それ以降、以前と同じではなくなってしまった。)
と、かなり印象的な言葉を書き残しています。
今回の記事を読んでいると、Haydock氏がもっとも批判的、いや、もっと直接的に言えば「激怒」に近い状態で執筆し、そのまま掲載されてしまったのがフランス編だったように感じます。
本来であれば、氏と同じ目線で当時のSNCF時刻表を実際に眺めながら検証したいところです。しかし記事にもあるように、そもそも「入手困難な代物」であり、現在でも容易に現物を確認できる状況ではありません。そのため今回は、記事本文で挙げられている問題点を整理しながら、2001年当時のSNCF時刻表がどのような状況だったのかをHaydock氏の文章を引用しつつ、順番に見ていきます。
本文に入る前に、1990年代のものと思われる、SNCF発行の時刻表の写真を上げておられるサイトがありましたので、本文を理解する補助としてご覧いただけると幸いです。
なお、指摘を受ける前に先に行っておくと、SNCFが発行している時刻表に、今回「批判対象」となっている全国時刻表とは別に、『Ville à Ville』という主要都市間移動に特化した簡略型時刻表がありましたが、それはユーザーに寄せた編集だったので、対象外だと明記しておきたいと思います。
① まず買うこと自体が難しい
ヨーロッパの多くの国では、全国版時刻表は駅窓口や駅売店で普通に購入できました。
ところが2001年当時のフランスでは、全国版時刻表そのものがかなり入手しづらい存在になっていました。
記事によれば、SNCFは1980年代に「時刻表販売は赤字」と判断し、全国版時刻表の一般販売を大きく縮小してしまいます。
David Haydock氏はかなり呆れ気味に、次のように書いています。
“There is now only one shop in France which sells all timetables — in Paris, of course, but not very convenient.”
(現在、フランスで全種類の時刻表を扱っている店は1店舗しかない。もちろんパリにあるが、便利な場所とは言い難い。)
さらに通販窓口についても、
“If there are problems, there is no telephone or fax number to call.”
(問題が起きても、問い合わせる電話番号もFAX番号も存在しない。)
とかなり辛辣です。
現在の感覚だと、「公式サイトで検索すればよい」と思ってしまいますが、2001年当時はまだ紙時刻表が旅行の基本でした。
鉄道ファンのみならず、時刻表をどこで買うか、いつ買うか、その在庫があるかは、旅行準備の重要な一部だったことになります。
しかも記事によれば、全国版を店頭で揃えられるのは実質パリのみ。地方では必要な冊子が欠品していることも珍しくなかったようです。必要な情報は駅にいって、出札係に問い合わせる、といったやり取りがあったと思います。
現在から見ると、時刻表以前に「入手難易度」が高かったという、かなり特殊な状況だったのかもしれません。
② 分冊しすぎ問題
SNCF時刻表は長距離版だけで5冊、パリ近郊版6冊という構成でした。さらに地域境界で重複掲載も多く、長距離版だけでも100ページ以上、近郊版では350ページ以上が重複していました。
David Haydock氏はここでかなり辛辣です。
“The SNCF timetable could be much more compact.”
(SNCF時刻表はもっとコンパクトにできるはずだ)
さらに、
“A single volume for Grandes Lignes services could be around 40mm thick rather than over 60mm.”
(Grandes Lignes版は60mm超ではなく40mm程度に収められるはずだ)
とまで書いています。
単なる「分厚い」ではなく、「編集設計そのものが悪い」と考えていたようです。
同じ記事内では、スイスやベルギーの時刻表は高く評価されており、単純なページ数の問題ではなかったことも分かります。
③ 空白が多く、必要な列車が埋もれる
David Haydock氏が特に問題視していたのが、紙面構成そのものです。
記事では、
“The most striking sight in SNCF timetables is the quantity of white space.”
(SNCF時刻表で最も目立つのは、空白の多さである。)
とまで書いています。どういうことか?
具体例として挙げられていたのが、Table350「パリ〜ル・マン間」です。
ここでは、ル・マンを通過して西へ向かう途中停車なし列車まで大量掲載されていました。Haydock氏によれば、その数は48本にも達していたそうです。
つまり利用者から見ると、本当に探したい列車より、区間内に停車しない列車が大量に並んでいる状態だったことになります。
現在のパソコン・スマフォによる検索型UIなら、「停車列車だけ表示」といった絞り込みが可能ですが、紙時刻表では一覧性そのものが重要です。
その中で関係ない列車が大量に並ぶと、必要な情報が埋もれてしまいます。
Haydock氏は、これによって混乱を招く、ページ数が増えると批判していました。
単に「分厚い時刻表」なのではなく、「利用者視点で整理されていない時刻表」と感じていたのかもしれません。
④ 時刻表そのものが間違っていた
記事の中でもかなり強烈なのがここです。
1998年夏の国際時刻表では、当時話題となっていた新列車リール(Lille)〜リエージュ(Liège)間列車を著者が探していました。
この列車は、フランス北部とベルギー東部を結ぶ新たな国際列車でした。しかし時刻表では、なぜか全列車がベルギー国境手前のトゥルネ(Tournai)止まりとして掲載されていたのです。
つまり利用者から見ると、「新しい国際列車が登場した」という最も重要な情報が、時刻表上では消えていたことになります。
しかも問題はこれだけではなく、記事によれば、この時刻表は誤記が多すぎて全面刷り直しになったそうです!!!!
その刷り直し版もでも、ストラスブール(Strasbourg)〜オッフェンブルク(Offenburg)間列車の半数が掲載されていませんでした。
この区間はフランス〜ドイツ間の重要国際ルートのひとつです。現在でもTGVやICEが走る主要経路ですが、その列車が時刻表上では半分消えていたことになります。なんということでしょうか。。。
David Haydock氏は、SNCF側の説明についてもかなり疑っています。
“We do not believe this and prefer the cock-up theory.”
(我々はそんな説明は信じない。単なるドジ説の方を支持したい。)
かなり強烈な表現ですが、それだけ著者自身も呆れていたのでしょう。
ここまで来ると、問題は「読みにくい」ではなく、「旅行計画自体が成立しない」レベルだったのかもしれません。
⑤ 列車が時間順に並んでいない
さらにDavid Haydock氏は、列車の掲載順にも問題があると指摘しています。
SNCF時刻表では、曜日によって少しだけ時刻が異なる列車が別列扱いされていました。
さらに列車の順序そのものが前後することもあったようです。
Haydock氏は、
“Trains are sometimes shown out of order…”
(列車が順不同で掲載されている場合がある。)
と書いています。
現在の検索画面であれば「出発時刻順」に自動整理されますが、紙時刻表では一覧性が非常に重要でした。
利用者は、「○時頃の列車に乗りたい」と思ってページを開きます。
しかし時系列順で並んでいなければ、ページ内を何度も行き来する必要がありました。
しかもSNCF時刻表は分冊も多く、ページ数も膨大です。
Haydock氏が「世界一読みにくい」と言われた背景には、単なるデザインの問題ではなく、「探し方そのもの」が複雑だったこともありそうです。
本当に酷かったのか
ここまで読むと、問題は「読みにくい」ではなく、「設計思想の問題」だったようにも見えてきます。もちろん実際のSNCF時刻表を見てみないと分からない部分もあります。
もし当時の実物をお持ちの方がいれば、ぜひ見てみたいところです。
記事を補足するわけではないのですが、手元に1987〜88年冬ダイヤのTGV列車のみを収録した携帯型時刻表がありましたので、私の所感もこの紙面で語りたいと。
上面に列車時刻、中央から下面にかけては追加料金が必要、不要の曜日が明記されていました。
○ TGV sans supplément → 追加料金不要のTGV
★ TGV avec supplément → 追加料金必要のTGV
当時は列車によって追加料金体系が異なっていたことを示しています。今回の記事では運転日ごとに列車が並んでいないという指摘がありましたが、これを見る限り、加えてフランス国鉄の営業施策にも難があったのでは?と考えますね。
フランス語のわからない私が最初に初見したときに、これは「運転日の一覧」かと思いきや、運転日を前提に日毎の追加料金一覧表であったと。。。利用者向けの案内とはいえ、前面に手数料の話がでてくるのはデザイン面というか、不親切な感じがしました。
私自身がフランスに行ったことがない上で、いろいろ指摘するのもどうかと思いましたが、過去に読んできたフランス語資料をみてきた感覚と、今回の記事が一致する箇所があり、共感できる方いればと思いまとめました。
本日は以上です。
参考資料:Today’s Railways Europe』2001年6月号掲載 David Haydock氏による記事 European Timetables – The Good, The Bad & The Ugly





