「パンツ」
って言いますよね。
僕を含むどっぷり昭和生まれの方々はもれなく
「ズボン」
って言います。
ですので、よく女の子が
「あー、わたし明日パンツで行こうかなぁー」
なんてことを言われると
頭にポンって浮かんでくるのは
はい、そうです
下着すがたですね
「な、なぜぇ!
なぜ明日はパンツいっちょで来るのですかっ?
はっ!
それは誘っているのですかっ?
もう身も心もどーぞアナタの好きにしちゃってくださいっっ的な
そんな感じなんですか??」
と、みだらな想像で血圧が20くらい上がっているのを悟られないよう、必死に平静を装い
「んー、別にいいんじゃない。うん、うん」
「じゃあそーしよー」っと女の子
そして翌日、
期待に胸と股間をふくらませて行ってみる
・・・・
「ズボンじゃん」
ウソつきーウソつきー
パンツで来るって言ったじゃーん!
ひどいわひどいわっ
ジェロに訴えてやるぅ←ジャロのこと
と、胸中、大パニックになってても
それを表に出すこともなく、
あくまでも平静を装い
ん・ん~・・いいんじゃない・・うん・・・
女の子「なにがぁ?」
僕「べ、別に・・」←沢尻エリカ風
世界的には「パンツ」が正しくて
「スボン」は和製言葉なんでしょうけど
実に紛らわしいですぅっ
ちなみに、僕の家では
そのような文化の違いによる言葉の間違いを防ぐために
僕の下着のことは「スキャンティ」
カミさんの下着のことは「サルマタ」
と呼称して区別しています。
洗濯が遅れてて僕の下着の在庫がないときは
僕「おーい、オレのスキャンティー、もうないぞぅ」
カミさん「アンタのスキャンティ、ベランダに干してあるでしょ」
という会話や
室内干しのカミさんの下着をネコがジャンピングでくわえて走り去って行くときは
「おーい、お前のサルマタ、たぬにゃん(ネコの名)が巣に持って帰ったぞー」
という会話が行き交います。
カラ・・
「またやられた・・」
ここはウチのトイレです。
手には10センチの長さしかないトイレットペーパー
察しのいい人ならそろそろお気づきかもしれませんが
トイレに入る
↓
ウンチョスをする
↓
トイレットペーパーを引く
↓
残高が10センチしかない・・
の図ですね
実はコレ
妻のワナなんです。
事の発端は8年前にさかのぼります
普通にウンチョス後の僕は
トイレットペーパーをカラカラ・・ふきふき・・カラカラ・・ふきふき
よしっ、これでアナル処理は完了ー!
となったところで、ホルダーのペーパーの残高が10センチくらいなのに気付き
「あ、次の人のためにロールを交換しないとね・・」
とも思ったのですが、
当時、(今もそうですが)妻は「自分はウンチョスをしない人間である」宣言をしており
メルヘンの世界のお花畑の真ん中にいる少女~的なことをぬかすわけなんですね
よぉ~し、それならそれなら
ウンチョスをしないならトイレットペーパーも使わないね?ねー?
ということで、あえて、残高10センチ状態で放置し、
さらに、普段ならトイレの上の棚にストックしてある予備のペーパーを
あえて玄関棚へ移動。
それは最初、他愛もないイタズラのつもりでした
そして翌日。
仕事から帰宅するなり、いきなり妻にどつかれる!
僕「なっ・・なんやねーん!」
妻「てめぇ!何さらしてくれとんじゃいオラァ!!」
どーやら、僕がいない間
妻はしないはずのウンチョスをしたそうで
件のイタズラによってペーパーがなく
お尻にウンチョスをはさんだまま、内股で玄関まで取りに行ったそうです。
その図を想像して、帰宅早々玄関で転げまわって爆笑する僕
それにバシバシとケリを浴びせ続ける妻
「オマエ・・オボエテオケヨ・・」と打ち震える妻
そして年月が過ぎ・・
未だに僕は妻からこの復讐を受け続けています・・
(僕はもうやってないのに・・)
とゆーわけで
我が家では、度々ウンチョスをはさんだまま内股で歩くおっさんが目撃されます
泣きながら実家を飛び出した
あの赤い月がうすら笑う夜から
もう18年くらい経ちましょうか
僕が10代の頃
実家にいるのが嫌で嫌でしかたがなかった
18歳の夏です
「グッバーイ、プリズン」←超カタカナ発音で
と言い残し
実家を飛び出ました
盗んだバイクで走り出すこともなく
夜の校舎、窓ガラス割ることもなく
普通にJRで
1週間分の着替えとか洗面用具を持って・・
家出?
と、思った方、はい、ハズレです
実は、親にナイショで自衛隊の試験を受けて合格していたのです。
で、その日は入隊の日で
ご存知の方もおられるとは思いますが、
自衛隊というところは、最初の3ヶ月くらいは駐屯地の教育訓練施設で寝泊りをして、そこで基本的な体力づくりや学科・技術を学ぶんです。
ポリスアカデミーみたいな感じですね
最初の1ヶ月くらいは基本的に駐屯地の外へは出られません。
1ヶ月後くらいからボチボチ時間制限つきで外出できるのですが
最初は5時間とかなので
当然、実家に顔出すなんてこともできません。
そんなわけで今日から駐屯地というところで集団生活をする
僕の悲しい2年間の軍人時代の幕開けの日でした。
親にも一応、一言だけ言っときました
僕「あ、そーいえばオレ、明日から自衛隊に行くからー」
母「夜ゴハンは?食べてくるの?」←よくわかっていない
僕「うん、たぶん半年くらいゴハン食べてくるんじゃないかなー」
母「何をわけのわからんことを・・・???」
そして、家を出る
母「あんた、遅くなるなら電話しなさいよ」←まだよくわかっていない
そして
2日経ち・・
3日経ち・・
1週間経ち・・
全然実家に帰ってこない僕を
いい加減心配してか
オカンは警察に捜索願いを出しましたとさ
すぐに見つかりましたよ
駐屯地でね
警察からの電話では
「お母さん、オタクの息子さん、今、自衛隊で教育訓練中だよー、そりゃ帰ってこないでー」
母「えっ、自衛隊って帰ってこないですか?」
警察「・・・・知らんのかいな」
で、3週間後くらいに
駐屯地に面会に来まして
営門の横の小屋みたいなところが面会場所です
ボーズになった僕を見て母は・・←新入隊員は初日にもれなくボーズにされる
まー、とにかくいっぱい文句言ってましたねー
僕「だから自衛隊に行くってゆーてたやないかー!」
母「アンタ、そんなん帰ってこないなんて知らないやないのー!」
僕「なんで知らんねーん。普通、自衛隊ってそんな感じやないかー!」
そんなこんなやり取りで面会時間の15分が終了←刑務所と一緒で15分て・・
で、自衛隊は2年1任期で辞めまして←公務員はつまらん
ちょっとだけ貯まったお金で、地下鉄が通るような都会で一人暮らしをはじめまして
それからは二度と実家に戻ることはなく
今に至るわけです
たまには顔出しますけど、2日もいると、また親子喧嘩がはじまりますので
あまり長居はしないように心がけています。