
思い出しました。(FB:https://www.facebook.com/shabondamasoap )
この会社はとても環境に優しい石鹸を製造しています。北九州に所在するユニークな会社の一つ。
「優しさ」と「暖かさ」という言葉を思い起こさせてくれる得がたい企業の一つです。
スピンが大学に入り、演劇部に入部したとき、九州中からFANレターが来るほどの「名優」が
居られました。その方は既に部活動の一線から退かれ、理学部化学科の卒論と実験に明け暮れて
おられました。
たまに、部室を覗いてくださいましたが、新入生風情のスピンからすると雲の上の人で、ろくに
お話をすることもありませんでした。
エドワード・オールビー作の「動物園物語」やアルベール・カミユ作「正義の人々」、
サミエル・ベケット作「ゴドーを待ちながら」などなど、この方が主演された名舞台は、
プロ野球で言う「欠番」みたいなもので、再演を企画することすら憚られました。
お名前を 柴北昌人さんとおっしゃいました。ご消息を知りたいものです。
スピンがやっと大学を卒業し、会社に入り、NYに駐在し、福岡で新しい職務についていた頃、
この方の同期の先輩が胃がんで亡くなられました。(享年36歳の早すぎる死でした)
葬儀の後、ナントこの先輩からお声がかかり、2時間ほどお話をさせて頂く機会を戴きました。
同期の先輩の思い出に始まり、ご自身の日常についてお聞かせいただき、最後に、思いがけない
ことを依頼されました。
ご自身の葬儀の際、ブルックナーの交響曲第7番の第2楽章を流して欲しい、と仰るのです。
当時のスピンは まだ ブルックナーなどに行き着いておらず、このご依頼の準備のために、CDを
買いに行き、初めて聴き通しました。
雄大にして荘重な、懐かしき良き時代を葬送する劇的な一曲でありました。
以来、スピンにとってブルックナーは大切な音楽です。
この方が、お勤めになっていたのが「シャボン玉石鹸」。
製造と開発の責任者を為さっておられました。
その後、お年賀で連絡を戴いておりましたが、茨城近辺の工場長をされていたとき以来、
スピンの病気の故に、事業に没して居所を転々としたが故に、連絡は途絶えてしまいました。
この方がお育てになったであろう「シャボン玉石鹸」のFaceBookを読みながら、大切な先輩とのご縁も
維持できなかった自身を、歯軋りをしつつ罵り、悔やみ尽しているスピンであります。
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