〔記入日 : 2010, 8 20 (Friday)〕
ども、まーすけこと、佐田真衣です。
いよいよこの日を迎えました。前日の晩は首にタオルを巻き、電気毛布やカイロを使い体を温めながら寝たので、わりとすっきり目覚めることができました。で、何気なく声を出してみると・・・。声が出ない! 実は数日前から声が出づらいなぁとは感じていたんです。この日のために今まで一生懸命練習したきたのに、本番当日に声が出なくなるなんて・・・。前日のオケ合わせでも高音があまりきれいに響かないなぁと思っていました。原因はすぐにわかりました。以前1万人の第九レポで、われわれ女性には月に1度月経期間があり、その期間は高音が出にくくなる・・・、そんな話をさせていただきました。そうなんです。本番前日にちょうど“その時”にぶつかってしまったんですよね(=^. .^=)ゞ せっかく今まで2ヶ月かけて練習してきたのに、肝心の声は最悪のコンディション。壊れた楽器で演奏するようなもんです。原因が原因なだけにどうしようもないんですが、とりあえず声を出していれば何とかなるだろうと思い、簡単に発声練習をしてから家を出ました。でも、これは悲劇の序章に過ぎなかったのです・・・。
バスの時間に合わせて家を出たんですが、目の前の信号に引っかかってしまいその間にバスがきて乗り遅れてしまいました。次のバスは30分経たないと来ない。しかもそれだと集合時間に遅れてしまう。絶体絶命のピンチでした。でも電車で行くと余計に時間がかかるし、どうしようと思ったその時。前日に主催者の堺市文化振興財団の職員の方が言った言葉を思い出しました。「集合時間を15分遅らせましょう」これで助かったんです。バスを待っている間にお昼ごはんの買い出しをすればそれで時間は稼げると。逆方向に進み、コンビニでおにぎり2個と野菜ジュースを買ってバス停へ戻りました。15分ぐらい経ったでしょうか、バスがようやく来ました。たまたま隣に座っていた男性が楽譜を見ていたので、たぶん同じステージに立つ方だと思い声をかけました。やっぱりそうだったんです。しかも彼は頻繁に第九に出られている方で、かなりのベテランでした。いつもなら終点までバスに乗るんですが、ひとつ手前で降りて彼と一緒に会場まで向かったんです。これで間に合ったと思いました。
さすがに集合時間ギリギリ10分前ぐらいだったので、控え室の片方はほぼいっぱい、今回知り合った仲間とは別の部屋へ荷物を置いたりお昼ごはんを食べたりすることになりました。慌てて荷物を置き、集合場所である小ホールに向かいました。
中村先生の指揮のもと発声練習をし、ゲネプロ(通し稽古)のため大ホールに向かいました。舞台手前でかなり待たされましたが、順調に舞台入りし、オーケストラに合わせひととおり歌い、小ホールに戻ってきました。少し声はましになりましたが、かなり厳しい状態でした。12時半頃ゲネプロが終わり、お昼の休憩時間になりました。次の集合時間が更に遅くなったので、わたしたちはゆっくりと休憩を取ることができました。
昼食と着替えを済ませ、再び小ホールへ戻りました。ここでまたアクシデント発生。待機している間にお手洗いを済ませようと席を立ち、通路をあがろうとした瞬間、ロングスカートの丈が長いせいで、中から裾を踏んづけてしまい転倒(笑)。実は前日の晩、本番の舞台で転倒する夢を見まして、思わぬ形で正夢になってしまいましたが(苦笑)、幸い本番の舞台ではなかったのでホッとしました。もちろん、本番ではつまずかずに済みましたよ。
そして、いよいよ本番の時を迎えました。第九交響曲は第1楽章から第4楽章までありまして、第2楽章と第3楽章の間にわれわれ合唱団が舞台入りをするんです。第4楽章の途中から合唱パートが入るので、その直前まではひな壇の上に座って待機です。ちょうどこの日は両親が見に来てくれまして、2階の最前列のど真ん中に座席を確保したんですが、すぐにわかりました。第4楽章が始まり、しばらく器楽が続きます。そして、ティンパニの合図でわれわれは一斉に起立、バリトンのソロが始まりました。続いて男声パートが入り、われわれ女声パートもあとに続きました。ゲネプロの時に比べて声は少しましになった気がしました。でも、高いキーでのロングトーンはことごとくうまくいかず、カンニングブレスに頼らざるを得なくなってしまいました。たぶん、前のほうの席の方にはバレてたと思います(汗)。 声が出ない焦りを隠すため、とりあえず周りの雰囲気にあえてのまれようと思い、会場のお客さんを見回しながら歌いました。満員のお客さんが入っているのがわかり、やっぱり嬉しくて自然に笑顔が出せました。でも、この日のために練習してきたからと思い、無意識にかなり無理して声を出し続けていたからでしょう、本番終了後、完全に喉が潰れてしまい声が出なくなってしまいました。
結局、その後のレセプションには当然出られるはずもなく、両親と3人で会場を出ました。どうしても甘いものが欲しくなり、高島屋の地下に入ってパフェを食べて帰ってきました。
今回、自信を取り戻したいと思って参加させていただいた第九コンサートでしたが、最悪のコンディションで臨むこととなってしまい、共演者の皆さん、そして、お忙しい中会場に見に来てくださったお客さんに対し、本当に申し訳ないことをしたと思っています。しかも、堺市では今回が最後の第九コンサートになるかもしれないという時に・・・。とにかく悔しいのひと言しかありません。
でも、堺で第九のステージに無事立てたことは素直に嬉しいですし、演奏直後、満員のお客さんによる盛大な拍手が、わたしを勇気づけてくれたのも事実です。ただ、悔しさのほうが強すぎて・・・。
あれから4ヶ月が過ぎ、やっと気持ちも落ち着いてきました。今から思えば、これで終わりじゃないんだと言うことを今回の第九が教えてくれた気がします。そして、合唱指揮の中村先生のひと言・・・。「とにかく感激しました! 本当に素晴らしかった! この合唱団で指揮させてもらえて本当に嬉しかった」と。本番終了からしばらく後、彼のブログでもわたしたちのステージに感動してくださったことが書かれていました。これからも第九を続けていきたいという先生の熱い想いも・・・。
わたし自身、悔しい結果になってしまったけど、それでも喜んでくれた方がいると言うことが、今ではとても嬉しく思っています。
また機会があれば、ぜひ第九を歌いたいという気持ちになりました。今回の反省点を生かし、今度こそ、心から楽しんで歓喜の歌を歌いたいと思っています。
最後になりましたが、今回一緒に第九を歌わせていただいた合唱団の皆さま、合唱指揮の中村貴志先生、オーケストラ指揮の現田茂夫先生、ピアノ伴奏の多久潤子先生&中谷友香先生、大阪交響楽団の皆さま、ソリストの並河寿美さん(ソプラノ)、田中勉さん・友輝子さん夫妻(バリトン&アルト<あとで聞いてびっくりしました)、清水徹太郎さん(テノール)、コンサート主催の堺市文化振興財団の皆さま、そして、会場にお越しくださった皆さまに心から感謝申しあげまして、このレポのまとめとさせていただきます。ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございました!