鈴木正人の自伝「まぁいいっか!」 -14ページ目

鈴木正人の自伝「まぁいいっか!」

重度の身体障害がある鈴木正人(すすきまさひと)のブログ
1972年生まれ、三重県松阪市に暮らしています。
普段僕は車イスで生活をしています。
自分のこれまでの人生をまとめてみました。

この話しはもう随分前の事で、今となっては時効の笑い話です(笑)。

25~26歳だった僕はヘルパー利用をしていなかったので、入浴は父に介助してもらっていた。しかし、父の都合がつかない時など、週に1度ぐらいのペースで施設職員に銭湯へ連れていってもらい入浴介助を受けていた。その際はスタッフ2名体制だった。入浴後は3人でお店に入り、夕食を済ますのがいつものパターンだった。3人ともお酒が大好きだったので、食事の時は当たり前のようにお酒も注文していた。当時でも絶対にダメなことだ(笑)。食べて呑んでいい感じになっていると、父が僕を迎えにくる。父は僕らによく「まだ呑みたらんやろ?ウチに来て呑んだらええやないか」と笑いながら言っていた。

 

ある日のこと、銭湯での入浴が終わり3人でお店で呑んでいたら、いつものように父が迎えに来た。しかし、なんだかこの日は盛り上がっていて、「もう少し吞みたいなぁ」と3人が思っていた。自然と僕の家で呑むことが決まった。僕は父の車で帰り、二人は途中でビール、焼酎、日本酒、酎ハイなど、無茶苦茶な量を調達して僕の家までやってきた。父も母も「どうせ朝まで呑むんやろ」と笑っていた。もしかしたら父母は、僕が飲み友達を連れてきたような感じで嬉しかったのかもしれない。

 

「はじめましょか」と酒盛りが始まった。僕もお酒は強い方だが、この二人は本物の「ザル」だった。「そんなの呑みきれるの?」と思うほどのデカい入れ物の焼酎が湯水のように無くなっていく。僕は二人に介助してもらいお酒を楽しんだ。目茶苦茶呑むのに二人の介助はとても上手で、僕は安心して呑むことができた。なにか共通の話題があるわけではないけれど、3人で呑むお酒はとても楽しかった。

 

ひたすら吞み続けて、気づけば当たりは明るく朝7時になっていた。そんな2人の職員に母は朝食を用意していた。2人は美味しそうに母の味噌汁とご飯を食べていた。そしてそのまま「いってきます!」と職場へ出勤していった。その後、僕も朝食を食べ、朝の準備をして送迎車がくるのを待っていた。915分、いつもの時間に送迎車がやってきた。その運転手は、さっきまで一緒に吞んでいた職員の一人だった。

 

「おはよう!1時間ぶり!」赤い顔をした酒臭い男が大きな声で僕を迎えた。

 

ブログ村に参加しております。

下のバナーをポチッとして頂けると

ランキングに反映されます。

ぜひよろしくお願いします^^

 

にほんブログ村 介護ブログ 身体障がい者へ
 

 にほんブログ村 シニア日記ブログ 自分史・自伝へ
 

 にほんブログ村 美術ブログ アウトサイダーアートへ