鈴木正人の自伝「まぁいいっか!」 -13ページ目

鈴木正人の自伝「まぁいいっか!」

重度の身体障害がある鈴木正人(すすきまさひと)のブログ
1972年生まれ、三重県松阪市に暮らしています。
普段僕は車イスで生活をしています。
自分のこれまでの人生をまとめてみました。

高等部ので印象深い思い出は修学旅行だ。行先は名古屋港水族館と静岡の富士サファリパークで、23日の日程だ。特に衝撃的だったのはサファリパークのサイのおしっこだ。あまりの勢いにびっくりした。僕の目の前で流れる滝のようだった。サイはのびのびとした生き物だというイメージがあったため、勢いの良い排尿に驚いた。

 

これとは別で、僕にとって大切な思い出がある。

 

僕は修学旅行を前日からとても楽しみにしていた。楽しみにしていたのは僕だけではない。クラスメイトの5人全員が修学旅行を心待ちにしていた。特に男子4人は副担任の市川先生のことが好きだったので「いつもより先生と同じ時間を長く過ごすことができる!」と心踊らせていた。市川先生はみんなのマドンナ的な先生だった。家庭科担当で当時24歳。明るくサバサバした性格で、高い声と可愛い顔が印象的だった。

 

旅行当日の朝、度会養護学校のバス乗り場に集合した。生徒は2、3年生で16~7人だ。そこには大型の観光バスが止まっていた。県で1台しかない特別な仕様車で、車椅子のままで6人も乗車できる。小中学部の修学旅行でも利用したので、またこのバスに乗れることがとても嬉しかった。

 

バスにはリフトがついていて車椅子のまま乗車し、僕のクラスは全員座席に乗せ換えてもらった。僕は市川先生の隣に座れるのではないかと淡い期待をしていた。しかし、介助役の小竹先生が「まーちゃんの隣はやっぱりユキベーやな」と言い、親友のユキベーが隣に座らされた。ユキベーも僕と同じ期待をしていたので、2人で顔を見合わせて苦笑いをした。市川先生は僕たちの横を通り過ぎて、一番後ろの座席に座った。僕とユキベーは「クッソー!」と声に出して言った。

全員がバスに乗り込み最初の目的地、名古屋港水族館に向けて出発した。水族館に到着し見学をしたのだが、残念な事にほとんど覚えていない。僕たちの本当の目的は市川先生との時間をいかに過ごすかなのだ!

 

水族館を後にし、宿泊先の静岡の旅館に向かった。バスの中で僕は何とか市川先生と話しができないかと構えていた。そしてチャンスはやってきた。途中のサービスエリアにトイレ休憩で寄ったときだった。皆は用を足すためにバスを降りたのだが僕はバスに残った。人が少なくなれば先生と話せるチャンスがあるのではと言う淡い期待だった。その目論見が見事的中し市川先生もバスに残った!先生はバスに残った生徒の様子を見回っていて、僕のところにやってきた。「マーちゃん気分悪くない?大丈夫?」僕はニコニコしながら「大丈夫!」と答えた。すると先生は「バスの中で、時間があったら歌うわ」と笑顔で言った。僕たちは以前から「いつか先生の歌を聞きたい!」とお願いしていたのだ。僕は「やったー!」と叫んだ。目茶苦茶嬉しかった。帰りのバスをとても楽しみにしていた。

 

いよいよ帰りのバスの時間になり、車内ではカラオケ大会が始まった。当時のカラオケは音源はカセットテープで、歌詞本を見ながら歌う感じだった。僕たち生徒は好きな曲を順番に歌った。僕は大好きな安全地帯の「悲しみにさよなら」を歌った。バスが津市の久居インターを降り、もうすぐ終着地に着きそうだった。

 

最後に、先生が松任谷由実の『卒業写真』を歌ってくれた。

僕たちももうすぐ卒業。先生との別れが来るのだ。僕は泣いた。

僕は先生に「卒業式の日にもう一度歌ってほしい」と、お願いしていた。

 

卒業式の後、帰りのバス乗り場で、僕だけに耳元でもう一度、歌ってくれた。

 

それについてはまた別で書くことにする

 

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