父は僕が小さい頃から口酸っぱくなるほど言っていたのは、「正人の身体は不自由だけれど、心は自由やからな。」という言葉だ。心の中ではどんな事を思ってもいいけれど、言葉にしてしまったら人に傷をつけてしまうことがある。だからこそ言葉にするときはよく考えないといけないという意味だ。
子供の頃は意味がよくわからなかったが、50代になって「あ、そういうことか」と思うことがある。自分の意見を伝えた時、相手を傷つけてしまったことがあるからだ。自分はボキャブラリーが少ないので、意見があってもうまく表現できなくて困ることがある。例えばヘルパーさんに普段疑問に思ったり感じたりしたことを話してみると「またまぁさんはそんなこと言うてるわ」と真剣に聞いてもらえない時があった。多分、僕が言いたいことの意味がちゃんと伝わってないのだろう。母もそのヘルパーさんとの相性が良くないみたいで、「福祉課に言うたろかしら」とぼやいていたこともあった。しかし、ヘルパーさんの印象を友達に聞いてみると、そんな行き違いは無いと言われる。
僕はボキャブラリーや表現力に乏しいところがあって、それは自覚しているつもりだ。なので、誤解が生まれやすいことは経験として知っている。とにかく他人に分かるような言葉にすることが難しいのだ。伝えきれず自分の中に不完全燃焼のような感覚がいつも残る。僕は耳から入る情報は理解しているし、自分なりに考えることもできる。しかし、自分の考えを伝えるには文字盤やメール、LINEなど「文章に」変換しなければならない。この作業がとても苦手だ。もし言語障害がなければ、自分の「声」で言いたいことを伝えたい。
「身体は不自由だけれど、心は自由」という父の言葉は、逆に言うと人に傷をつけてしまう可能性を持っている。実はこの言葉は、僕のような言語障害がある人だけではなく、普通の人にも言えることだ。今の時代ではSNSやネット上で誰もが言葉を簡単に使えるようになった。なので、父が気にしていた人を傷つけてしまうよな言葉が飛び交っている。昔は一人ひとりがコミュニケーションを取れていたのに、それが世界中で難しい状態だ。もう少し父の時代に戻ってみてもいいのではないかと僕は思う。
ブログ村に参加しております。
下のバナーをポチッとして頂けると
ランキングに反映されます。
ぜひよろしくお願いします^^