自分って、

28年間、あまり何も考えないで生きてきたような人間だけど、


それでも、今、音楽ができてるって、

すごく幸せなことだと思います。





っつーか、

10代の頃は、ミュージシャンになりたい、ってのが夢だったんですよ。

ホント、視界も狭い年齢だったから、

それ以外の自分の将来を、全く考えてなかったぐらい。




だけどある日、

まあ、ものっそい挫折を味わったことがありまして、



なんちゅーか、
自分みたいな奴が、
『音楽で食っていきたい』なんて、
すごくおこがましいことだったんだな、って気づいたというか…


いっそ
『音楽が好き』
なんて言葉を吐く資格さえ、
自分にはないのかも知れないな、って、


そんなふうに思わされるぐらい、
すごい奴が同期にいたもので、




それが、19歳の時かな。


その日以来、27歳で改めてバンドを組むまで、

一切、音楽からは遠ざかっておりました。










ホントは、ずっと音楽がやりたかったんだと思うんですよ。

それこそ、別にショボいアマチュアで構わないから。


今は、年に1回でもライブができたら、

充分幸せだと思う人間なんで。









んだけど、

まー、

そんな過去があって、

「自分のような人間なんか、音楽に関わることさえおこがましい」

なんて、勝手に決め付けてしまってて、




なんか、そんな変な思い込みのせいで、

ずっと、音楽をしたい気持ちにフタをしてしまってたんですね。








ホント、

『自分が音楽のプレイヤーに戻ることは、一生ないだろう』って、

本気で8年間思い続けてましたから。












だけど、まあ、

とある知り合いのライブに足を運んだ時、



僕のアメンバーでもある、お嬢の率いる『RegiNa』というバンドに出会って、



彼らの音楽が、すごく好きになって、

グラフィックができたもんだから、

いつしか半分スタッフのようになって、



彼らを見てたら、

自分も、一回だけでいいから、ステージで歌ってみたい、って思うようになって。








一回きりのつもりでバンドを結成して、

ようやくライブにこぎつけて、






そしたら、

ウチの事務所で一緒にやりましょう、って、誘われて。





だけど、音楽中心の生活なんて、

もう絶対できないと思ってたから、

絶対足を引っ張ると思ったから、



お断りして、

でも、何度も誘われて、

それを、何度も断って、





最終的には、RegiNaのベーシスト、エイキさんに口説き落とされる形で、

事務所に入ったんですよね。



自分が本気で『イイ!』と思った音楽をやってる人たちから、

本気で欲しがってもらえたから。

それが、本当に嬉しかったから。







そっからはもう、

怒涛の展開(笑)





勇者になって(笑)
剣持って(笑)
スライム抱えて(笑)




社長が飛んで(笑)




僕が事務所の代表になって、




Mさんが、プロデュースを買って出てくれて、

Hさんがギター入れてくれるようになって、



ようやく、今の形。









なんか、

『気がつけば』って感じだったんだけれども、



今になって思うのは、

『人間、本当に好きなことは、いずれ絶対やる』

ってこと。






仕事が忙しくてできない時期が続いても、

気持ちが上がらなくて、取り組めない時期が続いても、



それでも、


結局、いつかやっちゃうんだと、思うんですよ。

本当にやりたい事なのであれば。









今、すんごい幸せだと思うのが、

周りが僕を立ててくれてること。




アマチュア、インディーズ、
ここ2年ぐらいで、たくさん見てきたけど、



僕のプロデューサーのMさんと、
ギタリストのHさん、

この二人のレベルは、

ぶっちゃけ、すでにプロのレベルに達してると思います。

音源聴いて、そう思った。





そんな二人が、

僕を、『顔』であるポジションに、認めてくれてるってことが、

ホント、ありがたいっちゅーか、

反面、ヘマはできないっちゅーか、プレッシャーっちゅーか(汗)




さらに、活動してくに当たって、

共に苦楽をした、RegiNa、春雪さん、麗愛さん、天羽さん、

スタッフに、いつも応援してくれてるお客さん、

たくさんの人が、後押ししてくれてる。


昔、自分が望んだ、

「音楽ができる環境」が、

今、まさに、あるんですよね。




それが、すんごい幸せだと思う。












自分も、さすがに年齢的に、

ちゃんと仕事して、その上で、でしか、

そういった活動はできないですし、


音楽で一生食っていく、なんて野心も、最早毛頭ないですが、








それでも、

もし、そんな感じのことで、

悩んだりなんかしてる人がいるなら、、





たとえ、仕事と家の往復になってるような生活が続いても、

多分、大丈夫。

本当にやりたい事があるなら、

きっと、どこかでめぐり合えるものだと思うから。





回り道でもいいから、

好きなように、やってみたらいいんじゃないかと、




この歳になって、

そんなふうに、思います。
毎年毎年、

SNS等の、媒体こそ違えど、

その時動かしているブログで、



5月2日と、10月31日だけは、

いつも同じ人のことを書いてます。










ミュージシャン。

ギタリスト。

エンターテイナー。

アーティスト。

ロックスター。








そんな誉れ高き言葉の数々が、

あんなに全部似合う人ってのも、そういない。











男の子 ってのは、

誰もが子供の頃に、

変身ポーズをとって、悪と戦うヒーローに憧れるモンなのかも知れないけど、






僕にとって、彼は、

仮想の世界のヒーローじゃなくて、

変身ポーズをとったりはしなくても、

この世界に、厳然として存在する、

紛れもない『ヒーロー』でした。



紛れもない、『憧れ』でした。















彼を思い出す時、

絶対に同時に浮かんでくる、彼を表現した言葉が二つあります。







ひとつは、

「ROCK'IN ON」のライターの追憶記事の締めの部分。





「hideはとても、とても、とても、心の優しい人でした」







『とても』優しい人、じゃなく、

『とても、とても』優しい人、でもなく、

『とても、とても、とても』心の優しい人でした。と、

言葉のプロが表現した、その現実に、



当時中学生だった僕は、

自分でも気づかないウチに、涙を流しておりました。






しょうみ、

彼を追憶する記事は、他の雑誌でも、

至る所にたくさんあって、


彼の功績であったり、

所業の数々であったり、

難病のファンの子とのやりとりであったり、



たくさんの栄誉、美談が、

事細かに、氾濫していました。





だけど、そんなたくさんの文章より、

僕が一番心に残ったのは、

この、名前も覚えてないライターさんが書いた、たったの一文。


『とても、とても、とても、心の優しい人でした』





…フッツー、

とても、って言葉を、三回も連呼しないよね。

だけど、その言葉の流れが、

余りにも自然で、

余りにもさりげなくて、



だけど、

冷静に考えると、それはとても重い言葉で、





そんな、色んな考えが頭の中を駆け巡り、

気がついた時には、涙が流れていました。












もうひとつは、

彼が「作詞の師匠」と呼んだ森雪之丞氏が、

「hideさんってどういう方でしたか?」

と聞かれて答えた一言。




「あんなにセクシーで、あんなにキュートな怪物はいないって感じですか。
 モンスターくんですよね」








これまた、心に残った。




フツー、

男が男を讃える時って、


強さ、であったり、
優しさ、であったり、


そういう部分を讃える言葉を選ぶよね?






だけど、

彼が選んだ言葉は、


『セクシー』で

『キュート』な

『モンスター』。








男に対して、

セクシー、だったり、
キュート、なんて言葉は、


本来、使わない。





だけど、

この時、この言葉に込められていた『意味』を考えるなら、


きっと、いかにこの森雪之丞氏が、

彼に『魅了』されていたか、を、


それを表現するのに、

とてもふさわしかったんだろうと思う。




少なくとも、中学時分の僕は、

そう感じました。










5月2日の、hide。

10月31日の、華月。



この二人の命日に、

僕は毎年、この二人のことを思い出し、




彼らが教えてくれた、


『人に優しくできる』
『素敵な大人になる』

という『夢』を、改めて胸に誓って、


この10年ちょいを、生きてきました。











きっと、これからも、同じ。








何の取り柄もない男だけれども、



だからこそ、

せめてそこだけは、



これからも、忘れずに、生きていきたいなぁ、って、




そんなふうに、毎年思います。




今、どこまでそれができてるのか、

自分ではわかんないけれども。

その気持ちだけは、忘れずに生き続けたい。









僕が死ぬ日まで。






元X JAPANのhideの日記っちゅーことで、

動画は僕の人生二回目のライブ。

サポートで手伝ったバンドで、曲はXの『X』。


今見ると、ひどいな(笑)
先日、前の職場での送別会をしていただきました。










僕って、

何なのか自分でもよくわかんないんだけど、




人の送別会に参加するのは、全然構わないんだけど、

自分の送別会ってのは、して欲しくない人間なんすよね。







なんだろ、

照れくさいのか、なんなのか分かんないけど。








歓迎会、みたいのは、好きなんですよ。


『出会いの儀式』ってやつだからでしょうか?




でも、そういう言い方をするなら、

送別会ってのは『別れの儀式』なわけで、





『これで最後なんだよね』ってな意味合いが込められてるような気がするのか、


そして、それを自分に向けられるのが、悲しい気がするのか。







あんま、好きじゃないみたいっす。

できたら黙って去りたいタイプ。













だけどねー、

まあ自分で思ってたより、

たくさんの人たちに、来ていただけて、



皆さん、ホント今までと全く変わらないノリで、

最後まで接してくださって、



今回の送別会は、

純粋に楽しかった送別会でした。








仕切ってくださった、Oさん、Mさんに、感謝。感謝。


あなたたちは、僕にとって『兄貴』みたいな存在でした。




ほいで、Mさんは『パパ』(笑)

Hさんが『おじいちゃん』(笑)









しょうみ、

今年の頭から、転職は実は考えていて、

面接用の作品ファイルとか、履歴書、職務経歴書なんかの作成は、

チマチマ進めていたんです。

そんなのもあって、準備ができてたから、

急だったのにアッサリ次の仕事が決まったってのもあったんでしょうけど。




そういう意味では、いいタイミングでした。









なんだけどー、

仕事が変わるのは、むしろ嬉しいぐらいだったんだけど、



一個だけ、辞めるに当たってどうしても悲しかったのは、


皆さんとお別れしなきゃ、いけなかったこと。







みんな、本当に僕には良くしてくださいました。



あんだけ自由奔放だった奴も、

きっとものっそい珍しかったでしょう。



ってぐらい、やりたい放題だった僕に、

それでも、皆さんは本当に良くしてくださいました。





かわいがってくれました。

優しくしてくれました。

面倒みてくれました。

何かをしようとしてくれました。




愛してくれました。
















何かを返せたのか、

それは、僕には分かりませんし

僕が判断することでもないと思ってます。






だけど、

僕は、あの会社の皆さんが本当に大好きでした。






ここだけの話、

2個前の日記に載せてる、ライブの動画で歌ってるマイ・ウェイ。

この時すでに、辞めることが決まっていて、


皆さんのいないライブ会場で、

皆さんのことを心に浮かべて、歌ってました(笑)

良かったら遡って見てみてね。






職場が変わっても、


また、ご連絡すると思いますし、

呑みの席には、また是非お声をかけていただければと、思います。






どうか、体を大切に、

元気なままで、毎日を送っていってください。



皆さんの連休が、

楽しい連休でありますように。
東京に住んでる兄貴が帰省してたんだけど、

今朝、東京の方に帰りました。



…つっても、先週僕が東京に行ってた時にも向こうで会ってるから、

全然久しぶり感はなかったけど…




あ、ちなみに、
ウチは5人兄弟なんです。



長男、今年38歳
次男、今年30歳
三男、今年28歳
四男、今年23歳
長女、今年18歳



という感じの兄弟で、

すんごいなぁと思うのが、

長男と一番下の妹が20歳も離れてるってとこ。


ちなみに、僕は上とも下とも10歳離れた三男。


今回帰って来てたのは、長男の兄貴。







まー、しかし、

この長男だけは、ホント大した兄貴で、


学生の頃から、文武両道。

小学校では野球でキャプテン。

中学校ではバレーでキャプテン。

高校ではバスケでキャプテン。


挙句大学は立命館を確か主席だったはず。





今何の仕事してんのか知らないけど。










18で高校行きなおして、

20歳で高校卒業した僕とは、エライ違いですね。









…つっても、

兄弟なんで、



そんなモンは、間には関係ない。

















兄弟5人もいると、

家に居て、ホント退屈しなかった子供時代。



自分はこの家に生まれて、ホント良かったなぁと、

そんなふうに思います。





ま、


また、東京で頑張ってこいや!


大阪の実家は、俺に任せろ。


道中気をつけてな。
まー、

せっかくアメブロで、ネット全体公開のブログを始めたので、

動画でもアップしてみよかと。




こないだの、僕の誕生日に、

RegiNaさんが主催してくれたマルスバースディイベントにて、

麗愛さんがデジカメで動画を撮ってくださいまして、

その時の動画から1曲、載せてみようかと思います。カバーだけど。


デジカメなので、音質悪いですが、そこは許してちょ。




マイ・ウェイ





ちなみに、座って歌ってるのは、

先日の追突された事故で、背骨と首を痛めていたから。






最近、プロデューサーと予定が合わなくて、
音源製作が滞っております。
早くオリジナル音源完成させないとねー。

ライブの予定が組めない。





あっ、でも、

勇者系サウンドとかやってるLELの方じゃなくて、


単純にただのコピーバンドでの活動もしていく予定なので、

そちらは早い目にライブ入れる予定でっす。




多分このブログでも告知はすると思うので、

もし気が向いたら、足を運んでみてくださいね。
どうも。

花に水。
人に愛。
歌に魂。

勇者マルスこと、元DRGソロシンガー、マルス・レイでっす。
本名知ってる人は、ナイショにしててね。



ブログなんて、ミクシィでしかやってなかったんだけど、

ミクシィやってない人にも絡んでもらえるように、

アメブロ始めてみようかということで。





ま、ま、
どうぞよろしゅうー。
$マルスのブログ 略してマルブロ
画像は某漫画家さんとこでもらった勇者のアイコン。