毎年毎年、
SNS等の、媒体こそ違えど、
その時動かしているブログで、
5月2日と、10月31日だけは、
いつも同じ人のことを書いてます。
ミュージシャン。
ギタリスト。
エンターテイナー。
アーティスト。
ロックスター。
そんな誉れ高き言葉の数々が、
あんなに全部似合う人ってのも、そういない。
男の子 ってのは、
誰もが子供の頃に、
変身ポーズをとって、悪と戦うヒーローに憧れるモンなのかも知れないけど、
僕にとって、彼は、
仮想の世界のヒーローじゃなくて、
変身ポーズをとったりはしなくても、
この世界に、厳然として存在する、
紛れもない『ヒーロー』でした。
紛れもない、『憧れ』でした。
彼を思い出す時、
絶対に同時に浮かんでくる、彼を表現した言葉が二つあります。
ひとつは、
「ROCK'IN ON」のライターの追憶記事の締めの部分。
「hideはとても、とても、とても、心の優しい人でした」
…
『とても』優しい人、じゃなく、
『とても、とても』優しい人、でもなく、
『とても、とても、とても』心の優しい人でした。と、
言葉のプロが表現した、その現実に、
当時中学生だった僕は、
自分でも気づかないウチに、涙を流しておりました。
しょうみ、
彼を追憶する記事は、他の雑誌でも、
至る所にたくさんあって、
彼の功績であったり、
所業の数々であったり、
難病のファンの子とのやりとりであったり、
たくさんの栄誉、美談が、
事細かに、氾濫していました。
だけど、そんなたくさんの文章より、
僕が一番心に残ったのは、
この、名前も覚えてないライターさんが書いた、たったの一文。
『とても、とても、とても、心の優しい人でした』
…フッツー、
とても、って言葉を、三回も連呼しないよね。
だけど、その言葉の流れが、
余りにも自然で、
余りにもさりげなくて、
だけど、
冷静に考えると、それはとても重い言葉で、
そんな、色んな考えが頭の中を駆け巡り、
気がついた時には、涙が流れていました。
もうひとつは、
彼が「作詞の師匠」と呼んだ森雪之丞氏が、
「hideさんってどういう方でしたか?」
と聞かれて答えた一言。
「あんなにセクシーで、あんなにキュートな怪物はいないって感じですか。
モンスターくんですよね」
これまた、心に残った。
フツー、
男が男を讃える時って、
強さ、であったり、
優しさ、であったり、
そういう部分を讃える言葉を選ぶよね?
だけど、
彼が選んだ言葉は、
『セクシー』で
『キュート』な
『モンスター』。
男に対して、
セクシー、だったり、
キュート、なんて言葉は、
本来、使わない。
だけど、
この時、この言葉に込められていた『意味』を考えるなら、
きっと、いかにこの森雪之丞氏が、
彼に『魅了』されていたか、を、
それを表現するのに、
とてもふさわしかったんだろうと思う。
少なくとも、中学時分の僕は、
そう感じました。
5月2日の、hide。
10月31日の、華月。
この二人の命日に、
僕は毎年、この二人のことを思い出し、
彼らが教えてくれた、
『人に優しくできる』
『素敵な大人になる』
という『夢』を、改めて胸に誓って、
この10年ちょいを、生きてきました。
きっと、これからも、同じ。
何の取り柄もない男だけれども、
だからこそ、
せめてそこだけは、
これからも、忘れずに、生きていきたいなぁ、って、
そんなふうに、毎年思います。
今、どこまでそれができてるのか、
自分ではわかんないけれども。
その気持ちだけは、忘れずに生き続けたい。
僕が死ぬ日まで。
元X JAPANのhideの日記っちゅーことで、
動画は僕の人生二回目のライブ。
サポートで手伝ったバンドで、曲はXの『X』。
今見ると、ひどいな(笑)
SNS等の、媒体こそ違えど、
その時動かしているブログで、
5月2日と、10月31日だけは、
いつも同じ人のことを書いてます。
ミュージシャン。
ギタリスト。
エンターテイナー。
アーティスト。
ロックスター。
そんな誉れ高き言葉の数々が、
あんなに全部似合う人ってのも、そういない。
男の子 ってのは、
誰もが子供の頃に、
変身ポーズをとって、悪と戦うヒーローに憧れるモンなのかも知れないけど、
僕にとって、彼は、
仮想の世界のヒーローじゃなくて、
変身ポーズをとったりはしなくても、
この世界に、厳然として存在する、
紛れもない『ヒーロー』でした。
紛れもない、『憧れ』でした。
彼を思い出す時、
絶対に同時に浮かんでくる、彼を表現した言葉が二つあります。
ひとつは、
「ROCK'IN ON」のライターの追憶記事の締めの部分。
「hideはとても、とても、とても、心の優しい人でした」
…
『とても』優しい人、じゃなく、
『とても、とても』優しい人、でもなく、
『とても、とても、とても』心の優しい人でした。と、
言葉のプロが表現した、その現実に、
当時中学生だった僕は、
自分でも気づかないウチに、涙を流しておりました。
しょうみ、
彼を追憶する記事は、他の雑誌でも、
至る所にたくさんあって、
彼の功績であったり、
所業の数々であったり、
難病のファンの子とのやりとりであったり、
たくさんの栄誉、美談が、
事細かに、氾濫していました。
だけど、そんなたくさんの文章より、
僕が一番心に残ったのは、
この、名前も覚えてないライターさんが書いた、たったの一文。
『とても、とても、とても、心の優しい人でした』
…フッツー、
とても、って言葉を、三回も連呼しないよね。
だけど、その言葉の流れが、
余りにも自然で、
余りにもさりげなくて、
だけど、
冷静に考えると、それはとても重い言葉で、
そんな、色んな考えが頭の中を駆け巡り、
気がついた時には、涙が流れていました。
もうひとつは、
彼が「作詞の師匠」と呼んだ森雪之丞氏が、
「hideさんってどういう方でしたか?」
と聞かれて答えた一言。
「あんなにセクシーで、あんなにキュートな怪物はいないって感じですか。
モンスターくんですよね」
これまた、心に残った。
フツー、
男が男を讃える時って、
強さ、であったり、
優しさ、であったり、
そういう部分を讃える言葉を選ぶよね?
だけど、
彼が選んだ言葉は、
『セクシー』で
『キュート』な
『モンスター』。
男に対して、
セクシー、だったり、
キュート、なんて言葉は、
本来、使わない。
だけど、
この時、この言葉に込められていた『意味』を考えるなら、
きっと、いかにこの森雪之丞氏が、
彼に『魅了』されていたか、を、
それを表現するのに、
とてもふさわしかったんだろうと思う。
少なくとも、中学時分の僕は、
そう感じました。
5月2日の、hide。
10月31日の、華月。
この二人の命日に、
僕は毎年、この二人のことを思い出し、
彼らが教えてくれた、
『人に優しくできる』
『素敵な大人になる』
という『夢』を、改めて胸に誓って、
この10年ちょいを、生きてきました。
きっと、これからも、同じ。
何の取り柄もない男だけれども、
だからこそ、
せめてそこだけは、
これからも、忘れずに、生きていきたいなぁ、って、
そんなふうに、毎年思います。
今、どこまでそれができてるのか、
自分ではわかんないけれども。
その気持ちだけは、忘れずに生き続けたい。
僕が死ぬ日まで。
元X JAPANのhideの日記っちゅーことで、
動画は僕の人生二回目のライブ。
サポートで手伝ったバンドで、曲はXの『X』。
今見ると、ひどいな(笑)