7月末、都合のつく親族4家族で

実家からそう遠くないホテルで宿泊した


母は、ホテル建設が決まった何年も前から

「完成したらみんなで泊まりに行きたい」と

ずっと楽しみにしていた


周りの人達を誘っていたらしいけど

「そんな〜高いお金出してまで

 家の近くに泊まりたくないよ〜」と

誰も話しにのってくれないと、半分拗ねていた


完成してみれば、

田舎の人間が思っていた以上に高額で

そんな気軽に泊まりに行こうという施設ではなく

併設されているマルシェも

観光客向けの価格設定だった


「高くても1回行ってみたいわ〜」と

いつも言っていた母だったけど

ずっと聞き流していた


だから、1月に倒れた時は

この事をすごく後悔していて…

母の体調が良くなったら絶対行こうと思っていた


少しづつ手術後の痛みも治まってきて

体も徐々に動く様になってきたので

孫達も都合がつく夏休みに計画した


残念ながらこの頃から

父の腰の具合が急速に悪くなり、父は家で留守番


ホテルからの景色は、

家からいつも見る風景と変わりはなかったけど

斬新なデザインのホテル

開放感のあるお風呂

美味しい食事

傾斜のある長い屋外エスカレーター

夜のライトアップ

そして子供や孫達と過ごす母の姿


この宿泊は、

母にとっても私達にとっても

かけがえのない思い出となった


あまりの母の喜び様に

帰ってきてから

撮った画像でフォトブックを作った


母はそのフォトブックをいつも手元に置いていた

会う人達に見てもらっていたらしい


正直、みんな平等に写っている様に

フォトブックにレイアウトするのは

かなりの時間がかかり大変だったけど

頑張って作って良かった


「また泊まりたいわ」

母は帰ってきてからもそう言っていた

・R6年5月末の血液検査異常なし


・7月初め、血液検査で初めての腫瘍マーカー


CEA 57.8

CA19-9 88と…

かなり高い数値で、転移が確実

抗がん剤が効いていない可能性ありと


初回入院の新しい抗がん剤を勧められる


すごくショックだった

抗がん剤を使ったら、

何かしらいい変化があるのだと期待していた


何もないどころか、

余計悪くなっているのでは?と疑うほど


それでも本人は変わらず元気で

元気だからこそ、

積極的な治療や新しい抗がん剤の事は

考えられないみたいで


主治医に丸山ワクチンとか

自由診療の話しを相談してみたけど

母本人は完全拒否


少し家族で相談する事にして

この日も車で待っていた父と3人で、

帰りは回転寿司へ行き

それぞれ帰宅

3月22日、抗がん剤服用1週間後

主治医最後の診察


血液検査に異常はなく、このまま継続OKとのこと


主治医に感謝を伝え診察を終える


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4月、新しい主治医になり

「ホリナート・テガフール・ウラシル療法」

開始から1ヶ月


血液検査の結果

白血球減少で残念ながら休薬


私より元気でキビキビ行動している母だが

体重の減り以上に、やつれ感が出てきた


積極的な治療を望んでいないから、

退院後は詳しい検査をしていないけど

かなり転移しているのではないかと


本人曰く

どこも悪くないし今までと変わらない

ただ、薬を服用するとダルくなる…と


この日も、車で待っていた父と共に

病院帰りのお昼、3人で回転寿司へ


帰りは必ず、

私の旦那の分をお持ち帰りさせてくれる母


「いつも世話かけるわ〜悪いわ〜ごめんな〜」

口癖になっている母だけど

今までずっと心配と迷惑かけてきた身としては

少しでも恩返しが出来ているのかなと