手術の為に再度入院

感染対策で、患者以外は部屋に入れず

ここからは面会も24時間NG


24時間NGとは?コロナ禍でもないのに?

初めてなんだけど?


別室で、数日前やった入院手続きと同じ事をして

大量の同じ書類を記入し

よくある「パジャマセット」「タオルセット」

「生活用品一式セット」すべて注文した


筆記用具が欲しいというので

病院の売店で、ノートとボールペンも買った


買った物や書類を若い男性看護師に渡してから

30分経たないうちに

また同じ看護師が別室に来て

「パジャマどうします?頼みます?」と


は??

さっき書類渡したけど??


と不審に思いながら

「今渡しましたよね?^^」と言うと

分かってるのか分からないのか

理解できない返事をして戻っていった


念の為、別の女性の看護師に

セットすべて注文した事、

それが伝わってない感じがした事を伝えた


この日はものすごく待ち時間があったこともあり

暗くなってからの帰宅となった


そして帰宅してそう時間も経たないうちに

父から「ボールペンとノートが欲しい」とライン


あの男性看護師に渡したのに?

やっぱあの看護師変!!


再度筆記用具を買い込み病院に届けた


病室の中に、奇声をあげている患者がいて

ゆっくり休めない事や、その様子を

一晩中ラインで伝えてくれてて


「それで、いつボールペン買ってきてくれる?」


・・・・??


また届いてない???


もう深夜だったので、

明日の朝病院に電話して確認する事にした


翌朝ナースステーションに電話してみたら

担当に伝えますとだけ言われ終わった


こんなの絶対おかしいし

これではボールペンが届くわけがないと思い

また買って病院に届けた、今度は大量に


時間を置いて父に確認すると

今度こそ届いたと、やっと届いた!


そしてラインの終わりに

「ところで、いつまでこの服なんや?」


この服とは???

頼んであるパジャマは???


聞くと、入院時に着ていた服のまま寝たらしく

誰もパジャマなんて持ってきてくれてないと


ここらでもういい加減腹が立ってきて…


でも家族の目の届かない場所で

この後看護師から嫌がらせされたら駄目だから

パジャマを渡してもらっていない事を、

ナースステーションに連絡した


入院2日目にしてこれ

これがまだ序の口だった




R6.9月


腰痛でずっと整形にかかっていた父だったけど

「歳だから立てなくなるのは仕方ない」

「痛み止め飲んで軽く運動して」

ばかりの診察で、ほとんど立てない状態になり

セカンドオピニオン


が、次のところでも同じ診察


一度大きい病院で診てもらいたいと言っても

何故かどこも紹介状を書いてくれず

「MRIだけでも撮りたい」と何度もお願いして

なんとか田舎の大きい病院へ行ける事になった


予約当日MRI撮影に行ってビックリ


予約が入ってなく

開業医からの連絡もきてないと…


何がどうなっているかさっぱり分からずにいたら

この日たまたま来ていた

隣町の大きい病院の先生が診察してくれて


「うちの病院で手術して治してあげるから

  まずは検査入院においで」と言ってくれた


ところが、

検査入院を数日後に控えたある日

「先生の都合で入院日を変更する」と

病院から電話がかかってきた


日に日に悪化していたので

1日でも早くして欲しい…けど仕方ない

そこからまた待つこと数日


いよいよ、と思っていたら

また病院から電話がかかってきて

「先生の都合でもう一度入院日を変更する」と


なんか変だから、

以前ここで看護師をしていた友達に連絡して

病院内の話しを聞いてみたら

「自分の身内は絶対そこには入院させない」

という答えが返ってきた


それを家族に話したら

やっと入院までこぎ着けたのにと言わんばかりに

母の機嫌が見るからに悪くなってしまった

久しぶりに見る不機嫌な母だった


あの状態で

父に家にいられるのが限界で

とにかく早く入院して欲しかったのだと思う


結局病院が指定した入院日まで待った


検査入院後、一度は退院をしたが

すぐに数日後の手術日が決まり、再度入院


ここからまた予想外の事が多々起こり

どうしようもなく振り回されることになった

R6.8月

主治医に勧められて半年ぶりのCT


予想外の進行


腫瘍マーカーは前回と比べほぼ倍増

肝臓の影は大きくなり

肺の影もくっきりと、そしてあちこちにも


半年前の入院時、

2年くらいは大丈夫と言われていたのが

突然「余命半年」となった


今の薬が効いていたら8ヶ月

この後数カ月単位で色んな症状が出てくるだろうと


新しい抗がん剤を勧められたけど、同時に


「薬のせいで心筋梗塞等で即死する事もある」

「寝たきりになるかもしれない」

「入退院を繰り返す人は結構多い」

「こんな事なら抗がん剤しなかったのに…と

 家族に殴りかかられた事もある」


「でも薬が効いたら余命30ヶ月」

「宝くじに当たるくらいの確率で

 癌が完全に消滅する人もいる」と説明された


余命半年と30ヶ月の違いは大きいが

母はやはり寿命に任せる意向だった


「何事もなく、よく子育て終えれたもんや」

「この歳までこれたもんな…」


「でも…いくつになってももういいわとはならん」

と寂しく呟かれ…

心が締めつけられるようだった


新しい抗がん剤を考えてみないか

もう一度聞いてみたが


「近所に抗がん剤で入院している人がいて

 その人の家族から話しを聞いている限りでは

 とてもじゃないけど無理」と


本人がそう言っているのだから仕方ない


気休めかもしれないけど、

よもぎ茶を飲んでもらう様に買って渡した


お正月には元気でいられないかもしれない

桜が咲く頃はいないかもしれない


…そんな心配をしながらも

   笑って過ごせているかもしれない


いつでも笑っていてくれるようにして

少しでも余命が伸びるように祈って

全力で親孝行をしようと、改めて思った


そして、

ショックで痴呆が酷くなったら大変だから

父には余命の事は内緒にする事にした