❖日々是好日❖
夏が近づいてきた頃、
何気ない会話の中でふと母が
「もう長くないかも」と言った
「なんで?」と聞いても何も答えず…
でも、何か思うところがあるのだろう
本人がそれ以上話さないので、
こちらからはもう聞かなかった
ただ、
葬儀場を契約してある事
その契約書の保管場所
保険や預貯金、各種暗証番号等を
忘れない様にと、何度か説明してくれた
この頃になると
毎月の血液検査はしていても
腫瘍マーカーを測ることはやめた
下がる事のない恐ろしい数値を見るだけで
治療も何もしていないのだから
「毎日楽しく!好きな物を食べて!」
「ピンピンコロリを目指しましょう!」
と、母は診察で主治医に言われていた
そして主治医は、こっそり私に
「もういつ急変するか分からない」
「肝臓の具合によっては即死するかも」
「何かあったらすぐ病院に来るように」
と、怖い事を言った
相変わらず痛みも苦しみもない様だったが
気がつけば、両足の浮腫がすごくなっていた
暑くなって薄着になってきたから気付いたけど
いつからだったのだろう?
母の姉が亡くなる数カ月前
同じ様な症状が出ていたから
それで母は「もう長くない」と
判断したんだと、この時分かった
そして7月頃から
会話をしていて「あれ?」と思う出来事が
よく起きる様になってきた
私は脳への転移を疑って
主治医にそれを話したが
「大腸からの転移はあまりない」
「腎臓の毒素がまわっているからだろう」
「仮にそうだとしても治療しないのだから」
と言われ…
確かに、治療しないのだから
検査して余計な不安を煽らなくてもいいか…と
変な納得をした
母の大好きな桜の季節がやってきた
両親を連れて、少しだけ足を伸ばして
花見がてら出掛けようと弟が提案してくれた
日にちを合わせて、娘も連れて行った
サミットが開催された場所
とても景色の綺麗な場所だった
その近くに、母が行きたがっていた
いろんな種類の桜がある所があった
母はそこを楽しみにしていて
一生懸命スマホで桜の花を撮っていた
帰りは有名な洋食屋さんで
大きなエビフライを食べていた
足の悪い私よりずっと歩けて
私よりずっと食べる事が出来て
体調が良くない人とは思えなかった
私や私の娘が、
近所でない場所に両親と一緒に出掛ける事は
これまで一度もなかったので、
提案して連れて行ってくれた弟には感謝しかない
ただ、写真を見て思い返してみると
いつも私の横には娘がピッタリといて
母は遠慮していたのか、少し離れた場所にいた
これはかなりの後悔だった
娘が年頃なので、
祖母とキャーキャーしないのは
当たり前かもしれないけど
私がそこで気付かなかったってのはいけなかった
これは後悔しかない
弟は休みが取れる限り
この後も、あちこちの桜を見に
母を連れて出掛けていた
弟は出掛けた先で、
桜の花を撮影している母の姿を
後ろからこっそりスマホで撮影していた
その姿は、私がよく知る母とは少し違い
体の厚みがなくなり、手足が恐ろしく細くて
ひと回り以上小さく、老いた母だった
「来年、きっと母はいないんだろうな」
そろそろ覚悟しておかないといけないのかも
この辺りからそう思う様になってきた
「今年はいろんな場所の桜見に連れてもらったわ」
と言った母は、どんな気持ちだったんだろう
悲しそうな笑顔だったのは忘れられない
年始は実家近くに初詣へ
いつもと同じ様に
みんなで駐車場から歩いて参拝
母の歩く速度は私より早いくらい
主治医に告知されている余命通りなら
早くて2月
薬が効いていても4月
どちらにしても
一緒に過ごす最後のお正月かもしれない
以前はお正月といえば
座る暇なく動いていた母だったけど
ソファで横になっていてる事が
多くなってきた気がする
本人は何ともないと言っているが
首や肩の付近を見ると
明らかに肉が落ちてきて
体の厚みもなくなってきた
年明けの診察は待ち時間が4時間もあり
お尻の肉が落ちてきた母は
病院のソファに座っているのも辛い様だった
そして血液検査の結果はさらに悪くなっており
あまりの数値の悪さに、何度も検査をし直して
終いには10倍に薄めて測り
その数値を10倍して計測したそう
なので待ち時間が長くなったと
主治医から説明があった
「こんな数値は自分が医者になってから
数回しか見た事がなくて
これで元気なのがビックリ」とも言われた
そんな事を言われると
もう奇跡的な回復は望めないのかも
何かしたいけど母はそれを望んでいないから
残された時間を無駄なく過ごしたい
そして
元気な母の写真や動画を残しておきたい…
のに、、、
なかなかカメラを向ける事が出来なくて
スマホに電話がかかってきた時に
録音ボタンを押して通話を保存していた

