前回診察2週間後の3月半ば

母退院後2回目の外来


家族や周りに相談したり意見を聞いたりして

「駄目ならすぐやめればいい」という事で

勧められた抗がん剤を服用するとこにした


そしてこの日は、いつになく主治医が冷たかった


母が倒れて緊急手術した時も

ぶっきらぼうな説明で

目を見て話してくれなかったり


かと思えば、母の入院中

忙しい中わざわざ電話で状況を説明してくれたり

ジョークを言ってひとりでウケてたり

めちゃくちゃ優しい日があったり…

めちゃくちゃ形式的な口調で

ロボットみたいな日があったり…


きっと忙しすぎて

いっぱいいっぱいなんだろうな

外来も手術も夜間もあるんだろうから

と思っていたら


「急に今月末、別の病院に移動になった」


これは母にはかなりショックだったみたいで

「先生の移動する病院に診察に行きたい」

「遠くてもなんとか通うから」

と冗談まじりにお願いしたけど


「次の先生にしっかり引き継ぎしとくから」

「治療の事は心配しなくても大丈夫」


「抗がん剤治療の様子を確認したいから

 1週間後に最後の診察いれとくね」と言われ

この日の診察が終わった


「所詮たくさんの患者の中のひとりでしかない」

「医者からしたらただの仕事のひとつ」

「なんか面倒くさそうやった」

「こんなんならあの時死んでしまえばよかった」


診察室を出た後の母は

珍しくネガティブな発言ばかりで

とても信頼していた主治医だったからこそ

母の落ち込み様は思った以上だった


「今まで散々お世話と迷惑かけたのに

 あの時死なれたら親孝行できやんだやん」

「生きてくれとって本当に良かった」

「みんなどれだけ泣いたと思って…」


そんな言葉をかけて

精算、調剤の長い待ち時間に思い出話しをして

帰りは、車で待っていた父と共に

3人で回転寿司へお昼ご飯を食べに行った


両親と3人でご飯を食べに行くなんて機会

今までなさ過ぎて…なんだか恥ずかしく

でもとてもありがたくて


病院通いなんてあってはいけないんだけど

3人で過ごすこの幸せを忘れない様にしようと

心の底から思った

退院してから2週間後の、初めての外来診察


手術後の経過観察だと思っていたら

これからの抗がん剤治療の事で

母とふたりで少し驚いた


1番軽い抗がん剤だからと

「ホリナート・テガフール・ウラシル療法」

を勧められた


お願いして余命も教えてもらった

無治療で2年、抗がん剤で3〜4年、

薬が効いてくれれば5年以上だと


面と向かって2年と言われると…

桜が2回しか見れない

お盆もお正月も2回しかこない


薬が効いたら5年以上…


無治療で寿命に任せると言っていた母だったけど

これだけ余命に差があると言われたら

やっぱり悩む

ふたりで相談したけどすぐに答えは出ず


家族にも相談して考えるという事で

とりあえず抗がん剤は保留


肺の影は、余命に関係するほど大きくないの

今のところ余命には関係ないのでは?

との主治医の見解だった

手術直後、無数についていた点滴が

ひとつ、またひとつと取れて

主治医が驚くほどの回復力をみせた母


元気になってきたら歩行訓練をするはずだったけど

日頃の畑仕事と散歩のおかげか

訓練する事もなく歩ける様になり


患者サロンでゆっくり会って話ししたり

休日の外来診療がない日には

1階にあるコンビニへ母と買い物に行ったりして

今までないほど母と一緒に過ごした


手術後とは思えない回復力で

数カ月の入院予定が

「何かあったらすぐ病院に戻ってこればいい」と

手術してから1ヶ月経っていない

2月中に退院してもいいと主治医に言われ


父は大喜びで家の周りを片付け

邪魔な物を処分しはじめ

私達も退院に向け準備をした


退院してからの不安があり

月末に退院予定をしていたが

出来るなら早く家に帰りたいとの事で

父以外誰も来れない15日に退院


私はお寿司やサラダ、頼まれた物を渡し

病院から、退院する母と運転する父を見送った


ひとまず退院できて良かった