修行なのか | 研のゲイ術的生活

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研の平凡なゲイ的生活を(ときおりは赤裸々に)語るブログ。



10年も修行する寿司職人はバカだ、という人が現れたのは愉快である。

王様の耳はロバの耳だ、と言ってしまったわけ。

みんなおかしいと思っていながら言わなかったこと。

これが日本は実に多い。暗い社会である。

いまや数ヶ月の研修で開店しているという。当然だ。

寿司なんていうのは、もともと江戸時代の立ち食いファーストフードにすぎない。

もったいぶっているのはコッケイだ。

高級なマクドナルドハンバーガーというようなもの。形容矛盾である。

技能実習生のようにタダ働きさせるシステムだったのではないか。

技は盗めなどと言って、教えることをしない。

一対一で手取り足取り教えたら一年で済むのではないか。

単に教える手間が嫌なだけだろう。

いやいや教えられないことがある、言葉にできないことがある、接客ガー、なんていうのは、たぶんヘリクツだ。

岡本太郎『今日の藝術』ですでにそれを指摘していた。

現代は、名刀、日本刀が計算して機械でできてしまう、と。

以前は水垢離をして白装束、気合いと共に水でジュッと冷却したり、神がかっていた。

現代ははるかに明朗、科学的になっている、と。