幸福の定義 | 研のゲイ術的生活

研のゲイ術的生活

研の平凡なゲイ的生活を(ときおりは赤裸々に)語るブログ。



ゲーテが、若者は理想論者だが、老人は不可知論者になると書いている。

実感できる。

還暦を越えて周りを見ると、ほとんどの人生は運の世界だと思う。

なかなか合理的な説明がつかない。

ニュートン力学では、すべての変数がわかれば物体の運動は予測可能というのだが、現代物理学はそれを否定している。

ミクロの世界は予測不可能なのだ。

それと少し似ている。

アメリカの博士号まで持っている大学院の同級生が、Fラン大学から抜け出せずそのまま。同じ歳のはず。

一方、修士しかない人が、東大へ教授として戻ったりとか。そんなに業績があるわけでもないのだ。

これは目に見える部分。

しかし、その人たちのプライヴェートはみえない。

家庭で家族に恵まれて幸福であるなら、仕事場がFランでもいいのかも知れない。

しかも、幸福の定義は年齢ともに変わる。

特に50後半からは心身に痛みが出ることが多い。

どこにも痛みのない生活というのは幸福だと思うようになる。

若い時には想像もできないことだ。

いまも左肩が痛い。

四十肩、五十肩などという。

ほとんどの人が経験する(らしい)から、まあ、肉体の経年劣化だ。

仕方がない。

というような諦念の心も身につくようになる。

まあ、一種の悟りだろう(笑)。