原動力がないオーストラリアでは、キリスト教の宗派によって、学校がゲイの生徒を退学させることができる州がある、という。華やかなゲイパレードの原動力はこんな差別にあるのだと思わされる。突然カムアウトしたロバート・キャンベルが言っていたように、日本にこんなあからさまな差別はない。だから、パレードも、解放運動もなんとなく、エネルギーがなく、しょぼくさくなってしまう。しかし、これは、むしろ、悪いことではないのではないか。