二分法。
世間のことは全て、〜した人、したことがない人の2つに分かれる、と思うことがあるが、そうは問屋がおろさない。
顔射されたことのある人、ない人とクリアカットには分けられないのである。
顔射された、は自己申告だから、まず、されたという言葉自体に信憑性があるかどうか。
それに、顔射といっても、喉仏にかかった場合は顔射と言いにくい気がする。
また、本人は顔射されたと思っていなくても、微細な精液がまつ毛に着いた場合はどうなのか。意識していなければ存在しないのか? という哲学的問題である。
すると、大学卒と、そうでない場合は明確に分かれるではないか、と屁理屈を言う人が出てくるが、これも簡単ではない。
卒業証書、卒業証明書など証拠はたやすく偽造できる。絶対に卒業したという確証を出すのはなかなか難しい。
現に、後から実は出ていなかったとなるケースは多い。ということで、顔射も大卒も簡単には決まらないのである。