視線について | 研のゲイ術的生活

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研の平凡なゲイ的生活を(ときおりは赤裸々に)語るブログ。

きのうは本屋で、今年、否、昨年下半期から一番の美尻を見る。スパ銭でなく、書店というのが、人生のおもしろいところというか、神秘的なところである。

幾何学的に均整がとれ、ジーンズに隠された美尻で、講談社学術文庫のコーナーをみていたのだが、そんなものは瞬時にどうでもよくなり、理性は雲散霧消し、美尻をひたすら凝視してしまう。

凝視していると、青年は美尻をもぞもぞと動かし、右手でジーンズをずり上げる。

すると、余計に美尻の形がくっきりと目立ち、(もっとやれ!)と心の中で叫ぶ。

そんなことを数分繰り返していると、なんと、そばの壁にもたれて横を向いてしまった。眼鏡、細身のイケメンである。

これだと股間は見えるが、美尻はもちろん見えなくなる。背後から私の視線を察して隠したとしか思えない。

話は変わるが、電車内で毎日経験することで、視線の感じ方というのがある。

じっと私が顔のあたりを見ると、ほとんどの男はまばたきをする。明らかに視線は感じている。

凝視を続けるとこちらを向いてきてしまうので、そらす。したがって、ちらちらと見続けることになるが、隣の車両からみたときでさえ、視線には気づかれてしまう。

あらゆる、理系のクラスでも質問してみたが、視線は五感のどこで感じるのか、という問題。

これは、消去法で「触覚」しかない。あるいは、五感以外のテレパシー的な感覚だろう。

美尻を凝視する場合、まばたきは起こらず、尻が動くのを見ると、やはり、皮膚に何か伝わっているに違いない。

誰か理系学部で実験、検証してくれないものだろうか。イグノーベル賞になるかもしれない。

学部生の卒論あたりで十分だ。脳に電極をあて、視線を感じたとき、脳のどの部分(視覚野、触覚野その他)が刺激されたかを調べればよい。