差別/差別感について | 研のゲイ術的生活

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差別感を密かに持つのは構わないのか(みんな持っているはずだ)。

差別という言動に現れなければよいのか、という問題。第一段階としてはそれで仕方がない。

段階的に教育で差別感もなくしていくのがよいのだろう。しかし、例えば、黒人への差別感は、アメリカを見ても、なくなっていない。

感情なのだから、たしかにこれをやめろと言われても難しい。だからといって、差別感は仕方がない、と公に言っていいのかというと、いいわけがない。

落とし所としては、表立った差別はしない、に落ち着き、心の中の差別は(不本意ながら)不問に付すことになるのではないか。それが外に現れなければよいという不完全な状況だ。

大人の政治的な解決法である。心がこもっていなくても、謝罪は謝罪、贈り物は贈り物として受け止める的なこと。

心の中から差別感をなくすことはできるのだろうか。