一橋事件について | 研のゲイ術的生活

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同性愛者であることを「暴露」と言ってよいのだろうか?

「暴露」とは、「むき出しにすること。特に、悪事・秘密などをあばいて明るみに出すこと」だ。

秘密はよいとして、「悪事」という含意があるのだから、公的なところでは使うべきではないだろう、「ゲイの暴露」。

一橋アウティング事件。

勝手にゲイであることをばらすと罪になるのかどうか、影響の大きい訴訟になるだろう。

こういう訴訟がおこれば、カムアウトなんかしないでくれ、という雰囲気も出てきてしまう。カムアウトされたらその秘密は守らねばならないからだ。負担にもなる。

カムアウトする相手の見極めも難しくなる。

一橋は大学祭(一橋祭・いっきょうさい)で、半裸の男子が、「池落ち」といって、キャンパスの池に飛び込んだり、昔からマッチョな気風だった(その後池の水は抜かれるようになった)。私も何かの審査員に招かれて目撃したことがある(目の保養になった)。

それとは関係ないかもしれないが、女子学生は極めて少ない。しかし、ジェンダー研究所のようなものはあるという。しかし、当該学生は、相談したら、トランスジェンダーの相談を勧められたというから、お粗末であった。