同性婚は女性をも守ることについて | 研のゲイ術的生活

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ゲイとホモの違い、というのは、重大な事実で、それに詳しい歴史的な本も出ている、というか、その本(タイトルを忘れた)で初めてその事実が指摘されたのではないか。

つまり、ゲイは、異性と結婚せず、そのライフスタイルを一生通す男で、同性愛者の中では、戦前、江戸時代も戦国時代も超少数派だった。たぶん有史以来そうだろう。

一方、ホモとは、女を騙して結婚してしまう同性愛者で、もしかしたら今もこれの方がゲイより多いかも知れない。政財界、名家など特にそうだ。後継が必要な家柄。

つまり、同性愛はそれとして楽しみ、体面維持のため、女性を騙して結婚するのが日本の同性愛者のスタイルだった(外国でもそうだが、日本はほぼ暗黙に制度化されていた;武士を考えてみるとよい)。

同性婚はそういう詐欺的人生を否定するわけなので、同性婚反対者たちが、家族制度を破壊すると騒ぐのも、その意味ならよくわかる。

たんにゲイ同士が同性婚で結婚しても、ストレートと接点はないのだから、影響はゼロのはずだ。他人事。つまり、同性婚の反対者たちは、同性愛者も女を騙して結婚しろ、と間接的に、主張しているに等しい。

同性愛者なら、一度、二度、あるいはもっと、女を騙して結婚してしまおうか、という悪魔の囁きを聞いてしまったはずだ。そして、将来の相手の女性、女性の親族、自分の親族のことを考えてゾッとする、という経験。結婚とは親戚が増えることだ。

ところが、そのゾッとした感覚を押し殺して結婚してしまうホモが多かった。今も多い。

そういう欺瞞の人生の否定、是正につながるのが、同性婚だ。

ホモが女と結婚して犠牲になるのは女性なのだから、ホモだけでなく、女性こそが、これ以上、辛い犠牲者を増やさないため、「ホモの同性婚によるゲイ化」に賛成すべきではないのか。

ホモと結婚してしまって、苦しんでいる女性の人生相談を何回も読んだ。女と浮気されるより辛い、と血の涙を流している。愛してはいるのに、と。自分を責める人さえいる。

同性婚に反対し続けるとことは、同性愛者の人権侵害だけでなく、(こちらの方が深刻だが)女性差別・女性蔑視(=世間体の犠牲、女性をホモの犠牲にしてもよいという考え)にもつながることを知った方がよい。

余談かも知れないが、英国王室でも、王子に愛人がいるのは当たり前で、それはそれ、結婚は結婚だったのではないか。ホモとゲイの関係に似ている。

強い王妃はそれに耐えられるが、ダイアナ妃はその伝統に耐えられずああいう人生になってしまった気がする。

デヴィ夫人のように、第三夫人(第二夫人だったかも知れない)でも、強く生きていけるのが王妃の資格だった時代。今やそれも通らなくなっていくと思う。

階級に関係なく、各人がたましいの望むとおり、自分を騙さず、まして、他人を騙さずに生きて行くべき時代である。

同性婚はその試金石になろうとしている。異性愛者、特に女性に無関係ではないのだ。


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