令和のマリモ危機 ⑤ マリモを救うために  |   マリモ博士の研究日記

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      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

 2021年12月1日に発生したマリモの大量打ち上げを受け、7日、マリモ保護会や前田一歩園財団など関係団体と一緒に現地の状況を確認した。「手の施しようがなく、放置するしかない」という事前の報告どおり、壊れたマリモがヨシ屑や水草に混じって広く湖岸を覆っていた。

 

 だが、30トン近くのマリモが打ち上げられながら、大半を湖に戻した1995年ほどではない。マリモの表面が凍り始めていたため、その場で「凍死してしまう前に急ぎ水中に移動する」と決まった。9日、ポンプを使って湖水を掛け流し、湖岸のマリモを湖内に動かした。破損断片であっても、生きていれば再生の始原になる。

 

地域住民らによる打ち上げマリモの湖内移動作業(2021年12月9日、阿寒湖チュウルイ湾).

 

 一緒に打ち上げられた水草(主にマツモ)については、かねて問題視されながら対処方法は決まっていなかった(連載566569回)。打ち上げ状況に加え、作業のし易さや効果を勘案し、湖岸近くに浮遊している集団をできるだけ除去することにした。折よく、近くの打ち上げ防止堤の上や後背湿地にも大量の水草が打ち上げられていたため、そこを当面の置き場にして、水中の水草を積み上げた。これで翌年以降、周辺で水草が復活するスピードは若干抑えられるはずだ。

 

 けれども今回は、これまで定番であった「数年で再びマリモ集団が復活する」シナリオは期待できない。もし手を打たなければ、2016年と21年のような「神風」が吹かない限り、水草は再び復活する。初期には、マリモの生育状況がわずかばかり回復するだろうが、水草の影響で流動環境が緩和すれば、沖合の球状マリモは壊れて緩集合化するに違いない。他方、球状マリモの分布は浅瀬に移り、昨年、一昨年のように打ち上げが頻発するようになる(同569回)。その結果、集団は縮小し、阿寒湖の特徴であった大きなマリモも数を減らすだろう。

 

 こうした事態を回避するには、マリモに悪影響を及ぼす水草を除去するしかない。それが分かっていたからこそ、2014年から17年まで文化庁の補助事業として原因究明調査と対策試験を実施し(同567回)、その成果に基づいて、「水草の除去範囲を拡大してマリモ生育環境の回復・再生を図る」対策事業を2018年から20年まで実施した(同568回)。しかし、後者が適正に実行されず、今日の事態を招いたのは、これまで述べてきたとおりである。この経緯やモニタリングを始めとする取り組みの諸課題を総括しないまま対策を講ずることができるのか(同569回)、疑問を禁じ得ない。

 

 過去30年以上にわたってマリモに接してきて、そして過去の資料に照らして、チュウルイ湾のマリモはいま、20世紀前半に森林伐採の影響で集団が失われたシュリコマベツ湾に準ずる危機に瀕していると思う。しかし巷間、実態はほとんど知られていない。阿寒湖と並ぶ球状マリモの世界的な群生地であったアイスランド・ミーヴァトン湖では、2006年に異変が察知され、以降、急速に集団が衰退して14年に消滅が確認された。同じ轍を踏むことのないよう関係者や市民が情報と課題を共有し、力を合わせて対策にあたる必要がある――改めてそう訴えたい。

 

釧路新聞,2021年12月10日.

 

(おわり)
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         【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#570,マリモの大量打ち上げ⑤,2022年2月21日】