令和のマリモ危機 ④ 打ち上げの頻発 |   マリモ博士の研究日記

  マリモ博士の研究日記

      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

 2021年11月、5年前の台風で激減した水草が復活した影響で、マリモの生育状況が急速に悪化していると分かった。潜水観察の結果、特に沖合の球状マリモの破損と緩集合化が進んでおり、集団の消失が懸念されるほどであった。
 

 だが、対策であったはずの水草除去事業は2020年までに終わっている。どうしたものか――関係者と頭を悩ませていた時、再び幸運が訪れた。直後の12月1日、稚内沖に停滞した低気圧によって阿寒湖に強い南風が長時間吹き込み、大量のマリモと水草が打ち上げられたのである。まさに「神風」であった。


 これでマリモを脅かす水草は除かれたものの、新たな問題が生じていた。一つは、かねて予測されていたとおり(連載第566回)、相当量の水草がマリモと一緒に打ち上げられていた。しかし、どう処理するのか、何も決まっていないようだった。
 

 二つ目の問題は、直前の2021年6月にも、まとまった量の打ち上げが起こっていたが、さらに前年の結氷前にも打ち上げがあったらしいということだった。打ち上げの頻発はマリモ集団の衰退につながる。
 
 分かったきっかけは、2021年6月の打ち上げ調査であった。この時の打ち上げ規模は、長さ約150㍍、幅2-20㍍で、直径15㌢ほどの球状マリモが波打ち際に密集していた。周辺には球状マリモが壊れて生じた破損断片や、直径が5-10㌢の球形あるいは俵形のマリモも見られた。

 

2021年6月4日に発生したマリモの打ち上げ(6月9日、チュウルイ湾).浅瀬の水中に球状形態を保ったマリモが密集しており、そう強くない風波で打ち上げられたことがわかる.


 また、破損したマリモの断片は陸域にも幅1-2㍍にわたって層をなしていたが、これらの多くは白く変色しており、水中にも同じく白化した断片が散在していた(下の写真参照)。付近の水面には破損断片や小型の球状マリモが無数に浮かんでいて、同日、対岸の阿寒湖温泉にも同じようなマリモがたくさん漂着していた。
 

 マリモの白化は、冬越しして細胞が凍死した痕跡だ(同350回)。そして、小さなマリモが浮かんだまま対岸に漂流するのは、チュウルイ湾の湖岸近くに打ち寄せられていたマリモが、春の解氷期の湖面低下によって水から露出し、乾燥して沈まなくなったためだ(同98回)。いずれも前年の結氷前に打ち上げが起こっていたことを示している。


 しかし、モニタリングの担当者は「見ていない」と言う。記録を確認したところ、肝心の結氷前と解氷直後には現場に入っていなかった。異変を見逃したとしか考えられない。


 問題は、「打ち上げがあったか、なかったか」に留まらない。この打ち上げによって、陸域に取り残され、あるいは漂流した分だけ、マリモが失われたのは間違いない。けれども、もし事態を把握して、結氷前に20~30㍍沖合の湖底に移動したなら、生き残って一部は再び球状マリモに発達できたであろう。そうやってマリモを大切に扱うことが、阿寒湖におけるマリモ保護の基本であると私は思う。 


 他方、研究においては、足繁くマリモ生育地に通い、潜って生活状態の実際を観察するのが基本である。「かも知れない」知見をいくら積み上げても、適切な保全対策を講ずることはできない。今回の打ち上げ案件は、研究と保護の現状や課題を浮かび上がらせる機会にもなったのではなかろうか。


汀線近くの水中に滞留するマリモ(チュウルイ湾,2021年6月9日).球状形態を保ったものと破損断片が混在している.矢印は、凍死した痕跡と推定される全体あるいは一部が白化した破損断片.

 

(つづく)
  《 目次へ 》
  《 ←前へ 》  ③ 対策とらずマリモ集団が衰退

  《 次へ→ 》  ⑤ マリモを救うために

          【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#569,マリモの大量打ち上げ④,2022年1月31日】