令和のマリモ危機 ③ 対策とらずマリモ集団が衰退 |   マリモ博士の研究日記

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      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

 マリモ群生地の沖合に分布する水草の除去が流動環境の改善に役立つと分かり、また、湖水流動を緩和させてマリモを危機に追いやっている主役は、沖合に分布するマツモであることも判明した。次の課題は、「どの水域の水草をどれだけ取り除けばマリモの生育状況が回復するか」である。


 ところが、その試験研究に向けて準備を始めた矢先の2016年8月、記録的な暴風を伴う台風7号が阿寒湖を襲った。チュウルイ湾の湖岸には水草がうずたかく打ち上げられ、その量たるや122㌧に達した。これは、同湾の水深4㍍以浅に分布する水草の8~9割に相当した。大半は浮遊状態で生活するマツモで、湖底に根を張るセンニンモなどの種は少なかった。マリモと同様、流動のしやすさが打ち上げに関与していると分かる。

 

台風7号の強風でチュウルイ湾の湖岸に打ち上げられた水草(2016年8月18日).
 

 マリモは2013年に大量打ち上げが発生していたため、多くはまだ打ち上げられる大きさに育っておらず、打ち上げ量は軽微にとどまった。何という幸運。広域的な水草の除去が一度で、かつ労なく済んだのだ。
 

 水草が減って流動環境が回復すれば、マリモの生育状況は好転するに違いない。けれども、それは長く続かない。2013年以降の経過をたどるなら、数年で水草は復活し、マリモの生育状況は再び悪化するはずだ。


 そこで、水草の除去範囲を拡大してマリモ生育環境の回復・再生を図るとともに、持続的な水草の管理体制を整えるべく、2018-20年度に文化庁補助による天然記念物再生事業を実施した。


 予測どおり、暴風台風から3年目の2019年春には状態のよい球状マリモが数を増してきた(写真A)。また、同じ台風で大きめのマリモが一掃されて以降、本来なら解氷期を通じて散発する小規模な球状マリモの湖岸への漂着が絶えていたが、同じ年から、数は少ないながらも漂着が見られるようになった。いずれもマリモの生育状況が回復してきた証しである。

 

写真A: チュウルイ湾の沖合約80㍍(水深1.8㍍)付近におけるマリモの生育状況(2019年5月30日).


 ところが、2年後の2021年11月、さらに大きく育ったマリモが数を増やしていると期待して群生地に潜ったところ、目を覆うような光景が広がっていた。球状マリモの多くが壊れ、糸状体が徒長して緩い集合体に変わっていた(写真B)。

 

写真B: 写真Aとほぼ同じ水域のマリモの生育状況(2021年11月8日).


 理由は、はっきりしていた。これも予測どおり、水草の復活によってマリモの生育状況が悪化に転じたのだ。私は2018年春に釧路市教委を定年退職して現場を離れていた。業務として引き継いだはずの水草除去が、適正に実行されていなかったのである(釧路市教委「平成30年度-令和2年度文化庁天然記念物再生事業報告書」2021年刊)。


 きちんと対処していれば回避できたはずで、大きなショックを受けた。実施しなかった理由は、「文化庁の指示」あるいは「当時のマリモ科学委員会の委員長が強く反対したから」だという。が、そもそもこの天然記念物再生事業は、文化庁が計画を承認した補助事業である。「水草の除去範囲を拡大してマリモ生育環境の回復・再生を図る」という当初の目標を、誰が、いつ、なぜ、どのように変更し、そして承認したのか、しっかり検証される必要があるだろう。

 

つづく
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          【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#568,マリモの大量打ち上げ③,2022年1月24日】