2021年12月に発生したマリモの大量打ち上げの規模は、チュウルイ湾の湖岸を長さ150㍍、最大幅10㍍以上にわたって埋め尽くすほどであった。実は、これほどでないにしろ、同年6月にもまとまった量の打ち上げが起こっており、さらに、周辺には凍死して白く変色したマリモの破損断片が多数残されているなど、前年の2020年秋にも打ち上げがあった痕跡が認められた。したがって、わずか1年ちょっとの間に3度打ち上げが発生したことになる。
加えて、2021年11月に実施した調査で、沖合の群生地では球状マリモの破損が進行している状況が確認された。打ち上げともども、球状マリモの消失につながるできごとで、この1~2年で生物量は大きく減少したと見てよいだろう。
過去30年以上にわたってマリモに接してきて、これほど劇的な変化は初めての経験である。関係者や市民が情報と課題を共有し、力を合わせて対策にあたらなくてはならない局面だが、その際、知っておいて欲しいのは、マリモの打ち上げは一見すると自然現象であるものの、背後には人為の関与があるということだ。
枯死して白く変色した湖岸陸域の破損断片(阿寒湖チュウルイ湾,2021年6月9日)
始まりは1960年代にさかのぼる。当時、観光地として発展を遂げつつあった阿寒湖では、湖水の富栄養化が深刻化する一方、マリモ集団の急速な衰退が続いていた。1980年代には絶滅が危惧されるまでになり、マリモの保護管理を預かる当時の阿寒町教委は、1991年に専従の研究職員を配置して保護研究を本格化させた。
こうして、私がマリモ研究の中核を担うこととなり、多くの共同研究者の支援を受けて、衰退原因や成長条件などが次々に明らかになった。また、並行して公共下水道の整備など富栄養化対策が進み、2002年には直径が30㌢を超える巨大マリモが出現するなど、対策の効果が現れるようになった。
直径が34㌢に達する巨大マリモ(阿寒湖チュウルイ湾,2002年9月).
ところが、水質が改善して透明度が上昇すると、周辺の水草も生長が旺盛になる。2013年ころには、チュウルイ湾のマリモ集団をぐるりと取り囲んで群生するようになり、片やマリモは、分布域の縮小と大きめの球体の破損が進んだ。
そこで原因と対策を検討すべく2014~17年度に文化庁補助による天然記念物緊急調査が行われた。
まず原因については、増加した水草の影響でマリモ群生域における波浪や湖水流動が緩和され、その結果、球状マリモが回転できなくなって破損したり、分布位置が変わったりしている状況が確認された。また、マリモと水草の分布境界ではマリモ側への水草の侵入と定着が進んでおり、事態を放置すれば、最悪、植生が水草に置き換わってしまう恐れがあった。
対策の基本は増えた水草を取り除いて以前の環境に戻してやることだ。しかし、チュウルイ湾は国立公園の特別保護区となっており、マリモに仇なす水草といえども、原則、保護の対象となる。まずもって、水草の除去がマリモの生育状況の回復に役立つことを立証する必要があった。そこで、沖合の一定水域を試験地として水草を取り除き、マリモ生育地における湖水流動の変化を観測したところ、わずかなら流速が大きくなる結果が得られた。一歩前進である。
水草除去の効果を調べるため、マリモ群生域の湖底に設置された電磁流向流束計(2015年7月).
(つづく)
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【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#567,マリモの大量打ち上げ②,2022年1月17日】