マリモ博士の研究日記

  マリモ博士の研究日記

      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

 2021年にサイエンティフィック・リポーツ(以下SR)に発表されたマリモ論文中の「風速とマリモの回転速度の関係を示すグラフ」に関する話の続きである。

 

 問題視されたのは、グラフが2015年の土木論集から再掲された可能性があることと、SR論文のグラフでデータの一部が違っていて、その出処や解析過程が不明であることの2点であった。

 

 この問題を検討した神戸大学の調査委員会が示した見解は、「グラフは土木論集に準拠しており、そのことをSR論文中で分かりやすく示すとともに、引用文献として適切な位置に記載すべきであった」というものだった。

 

 だが、そもそも発表済みのデータを別の学術誌に再掲する行為は禁じられている(改変された6個のデータ)。調査委員会の見解どおりに対応したなら、論文審査に差し障るのは目に見えており、最悪、却下される可能性もある。それにも関わらず、なぜ再掲する必要があったのか、問題のありかは引用の有無ではなく、再掲そのものにあるはずだ。

 

 また、グラフのデータの一部が土木論集と違っていたことについては、「土木論集のデータが正確さを欠いていたので、それを除いてSR論文の図を作成した」という説明であった。その上で、調査委員会は「規則に定める不正行為はなかった」との判断を示しているが、第三者が検討・評価できる資料は開示されていない。

 

 元データは2014年にNHKが撮影した球状マリモの回転映像であり(改変された6個のデータ)、何度でも再生して検証することが可能である。個人的には、土木論集のデータのどこが、どのように不正確で、どのような手順でSR論文のデータが変更されたのか、全容がはっきりするまでは、データの出処や解析の過程が明示されている土木論集の結果に準ずるのがよいのではないかと思う。

 

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 さて、「マリモに年輪があるのか」という問題提起(マリモの年輪状構造と成長速度)から、SR論文そのものの問題点について話が及んでしまった。元に戻して「マリモの成長速度」に関する説明を続けよう。

 

 マリモは外層(球体を形づくっている外側の糸状体が集まった層)を構成する糸状体が外側に向けて伸長成長することで、直径を増大させる。論文の著者である中山教授らは、この過程で年輪が形成されるので、この間隔を測定することで、年あたりの成長速度を知ることができると主張する。

 

 この構造が年輪である証拠は得られていないのだが、便宜上「年輪」として話を進めると、著者らはマリモの成長過程を図3(挿絵)で示している。

 

 a(左上)はデータの元になったMRI画像と測定線、b(左下)は直径と外層の厚さの関係、c(右下)は直径と年あたりの成長速度の関係、d(右上)は直径と推定年齢の関係である。そして、成長速度の最大値を年あたり11.5 mmと推定した。次回、詳しく検討しよう。

 

マリモの外層厚と成長速度の関係.クリエイティブ・コモンズ・アトリビューション4.0国際ライセンスに基づき以下の論文から引用: https://doi.org/10.1038/s41598-023-43792-6.

 

 (つづく)

 

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【釧路新聞『日本マリモ紀行#628』2024年10月21日】

 2021年11月にサイエンティフィック・リポーツ(以下SRに)に掲載されたマリモ論文への疑義に関する続きである。

 

 年明けの1月、この問題についてやり取りしていた神戸大学大学院理学研究科の羽生田岳昭 博士(現・北里大学)が、論文の筆頭著者である中山教授が所属する同大大学院工学研究科に話を持ち込んだ。研究科長と面談した結果、その場で羽生田さんをメンバーに加えた調査委員会の設置が決まった。

 

 しばらくして、工学研究科から私に調査委員会による聞き取りを行いたいとの連絡があった。だが、申立人、すなわち聞き取りの対象は私一人にして欲しいという。嫌な予感がした。

 

 問題のありかは、SR論文におけるデータの取り扱いや発表手続きが適正であったかどうかである。ならば、論文の中身が分かると同時に、学会など専門の組織で学術論文の審査や発表の実務に携わっている大学の教員などが申立人としてふさわしい。共同研究者や先輩方とも、そう相談していたため、私一人というのには抵抗があったが、調査委員会には外部から羽生田さんも入ると聞いており、了承した。

 

 ところが、1月末に調査委員会による聞き取りをネットで受けた際、委員会のメンバーは工学研究科の教員3名で、羽生田さんの姿はなかった。後で羽生田さんに尋ねたところ、調査委員会への参加に関する連絡はなかったという。

 

 聞き取りの内容は、羽生田さんが工学研究科長に伝えたのと同じで、SR論文に掲載されている風速とマリモの回転速度の関係を示したグラフは2015年に土木論集に発表されたものの再掲である可能性が高く、また、グラフ中の10個のデータのうち6個が微妙に異なっており、その出処や解析の過程が示されていないことを説明した。

 

 2月半ば、神戸大学長名で、「予備調査を行った結果、本調査を行わないことを決定した」との通知が届いた。内容は以下の通りである。

 

 『調査対象者に聴取を行うとともに、SR論文の図に用いた実験データの提出を求め、土木論文集の実験データの比較を行った。

 調査の結果、土木論集の実験データから計測に正確性を欠く一部データを除外してSR論文の図を作成していることをSR論文本文から容易に読み取れるようにし、土木論集の参考文献番号を本文の適切な位置に記載することが適当であったと考えられるものの、データ改変といった特定不正行為等には該当せず、土木論集のデータ引用に関しても参考文献に挙げられていることから、規則に定める不正行為はなかったと判断する。』(引用ここまで)

 

 要するに、「SR論文の図が先行研究である土木論文の図の引用であると明示しなかったのは適切でなく、またSR論文のデータが土木論集と違っている点についても説明すべきであったが、土木論文のデータが不正確だったから修正したもので、データ改変には当たらない」というのである。

 

神戸大学から送られてきた「学術研究に係る不正行為の調査申立てについて」.サイエンティフィック・リポーツに掲載されたグラフが土木論集の再掲であると認める一方,土木論集のグラフのデータのどこが,どのように不正確で,どのような手順で変更されたのかは示されていない.

 

 (つづく

 

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【釧路新聞『日本マリモ紀行#627』2024年10月14日に加筆】

 中山教授および尾山博士らが2021年にサイエンティフィック・リポーツ(以下SR)に発表した論文「阿寒湖における巨大マリモの構造と形成」には、球状マリモの断層撮影に関する知見の盗用疑惑の他にも看過できない問題がある。

 

 論文の後半、「マリモの回転」のチャプターで、チュウルイ湾に吹き込む南風の風速と大型マリモの回転速度の関係がグラフとして表示されている。ところが、これとそっくりのグラフが、2015年の土木学会論文集(以下、土木)にも掲載されているのである。

 

 土木論文の第1著者はSR論文と同じ中山教授で、タイトルは「マリモ球状体に回転運動を引き起こす阿寒湖チュウルイ湾の風波特性」である。発表済みのデータを学術誌に再掲する行為は分野を問わず禁じられている。それだけでも問題だが、グラフをよく見ると、10個あるデータ点の風速は土木論文とSR論文でまったく同じなのに、そのうちの6個で回転速度の数値が微妙に異なっていた。さらに、SR論文では縦軸(回転速度)の単位が「度」から「ラジアン」に替えられてもいた。

 

 実は、土木論文の発表には私も関わっており、データ取得の経緯を承知している。大本のデータは2014年7月にNHKがチュウルイ湾の湖底で撮影した球状マリモが回転する映像で、これを使って同一のマリモの一定時間における回転角度を測り、その平均値をデータ点として示している。したがって、測定条件を変えない限り元データとグラフのデータ点は変わりようがない。

 

 一方、一定の手順によって得られた元データを修正すべき合理的な理由は見当たらない。それにも関わらず、なぜ6個のデータ点は改変されたのか。SR論文のグラフから平均値と標準偏差を読み取ると、改変された6個のうち5個(表の①②⑧⑨⑩)で標準偏差が小さくなっていた。

 

 標準偏差が小さいと、元データの分散が小さく再現性が高い、すなわち良いデータと見なされる。このことから、標準偏差を小さくするために元データに手を加えた、よりストレートに言えば改ざんした可能性が出てくる。

 

 上記の結果を共同研究者たちに送って意見を求めたところ、皆、「限りなく黒に近い」との判断であった。ことに、先行となる土木論文では、元データがすべて掲載され、解析結果を導くまでのプロセスも明示されているのに対して、後発のSR論文では、元データは開示されておらず、回転速度の出し方などに関する方法の説明もない。さらに、縦軸の単位を「ラジアン」にして数値を違えている点も、疑念の材料となった。

 

 「第三者もしくは公的機関に委ねるべき案件」との意見でまとまり、神戸大学理学部(現・北里大学)の羽生田岳昭博士が、中山教授が所属する同大工学部に持ち込むことになった。工学部長との面談が設けられ、やはりデータ転用と改ざんの疑いがあるとして、その場で羽生田博士を交えた調査委員会の設置が決まった。

 

土木学会論文集およびサイエンティフィック・リポーツに掲載された風速とマリモの回転速度の関係を示すデータ(毎時回転数として表示).サイエンティフィック・リポーツの数値はグラフから読みとったため,改変していない③④⑤⑥の数値が土木学会論文集とわずかに異なっている.*は数値が改変されているデータ.

 

【論文のURLおよびリンク】

土木学会論文集:  

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejoe/71/2/71_I_945/_article/-char/ja/

サイエンティフィック・リポーツ:

 

 (つづく

 

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【釧路新聞『日本マリモ紀行#626』2024年9月23日に加筆】

 神戸大学の中山恵介教授らが、2021年にサイエンティフィック・リポーツに発表した論文、「阿寒湖における巨大マリモの構造と形成」におけるマリモの年輪状構造と成長速度に関する話の続きである。

 

 球状マリモを切断したときに見られる同心円状の濃淡縞模様については、ドイツのブラントが1902年に論文発表し、これを年輪とみなすと年あたり1.3~1.4 cm大きくなると推定した。しかし、年輪状構造が見られない場合があるのに加えて、年輪状構造の実態や生成過程が分かっておらず「年輪と認めるには十分な証拠がない」というのが研究者の一般的な見方となっていた。

 

 さらに、私の駆け出し時代、水槽での栽培経験などから「マリモの成長速度は極めて遅い」というのが通説となっており、「ブラントの示した数値は大きすぎる」というのも成長速度と認められない理由になっていた。

 

 とはいえ、近年ではフィールドでの成長追跡や水槽での栽培研究が進み、マリモの成長速度は従来信じられてきたよりもずっと速く、条件がよければ年に4 cm以上大きくなることが明らかになっている。

 

 こうした経緯がありながら、奇妙なことに、中山教授らは論文中で「自分たちが初めてマリモの年輪を見いだし、初めて成長速度を明らかにした」と主張している。したがって当然、年輪状構造に関するブラントや阪井の先行研究は引用されていない。おそらく、文献の存在を知らなかったのであろう。

 

 さらに奇妙なことに、先行研究で取り上げられていたのは、「マリモ切断面の濃淡縞模様の年輪状構造」であった。重要なので繰り返すが、「切断面」である。ところが、中山教授らは、この所見について一切触れていない。先行研究を知らないのだから、当然といえば当然だ。

 

 では、どうやって彼らは外からは見えない「年輪状構造」の存在を知ったのだろう。何の予備知識もなく、いきなりMRIで断層撮影を行うはずはない。

 

 実は、マリモの年輪状構造については、2006年から2009年にかけて、帯広畜産大学(現・麻布大学)の山田一孝教授がCTやMRIを用いて断層撮影を行っている。その写真は、釧路市教育委員会マリモ研究室に保管されており、2018年3月、私が同室室長を定年退職するにあたって、後任の尾山洋一博士に「マリモには年輪のような構造がある。内部構造や成長特性を調べているので保管しておいて欲しい」と伝え、引き継いだ。そして彼が、いまここで取り上げている論文「阿寒湖における巨大マリモの構造と形成」の責任著者の一人となっている。

 

 中山教授と尾山博士は環境科学が専門で、マリモに関する形態学的な知識がないことはブラントや阪井の報告を知らないことから明らかだ。年輪状構造に関する情報は山田教授の写真からしか得られない。

 

 論文中、山田教授の名前は著者にも謝辞にもない。研究を引き継いだ可能性もあるため、山田教授に問い合わせところ何も知らないという。なぜ山田教授の知見が中山教授と尾山博士の研究に無断で使われ、しかも彼らが「発見した」ことになっているのか、メールで説明を求めたが梨の礫であった。

 

マリモのCT撮影画像(2008年,山田一孝教授提供).内部に縞状の構造が確認できる.

 

 (つづく

 

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【釧路新聞『日本マリモ紀行#625』2024年9月16日に加筆】

 暗条件下における球状マリモの分解速度に続いて示されるのは、マリモの成長速度、すなわち直径の増大速度についてである。

 

 論文中で著者らは、「マリモが十分に回転していれば、表面でより効果的に光合成を行うことができるので、マリモの直径が大きいほど光合成が盛んに行われ、表面の厚みも厚くなる」と予想し、直径3~22 cmのマリモの外層(球体を形づくっている外側の糸状体が集まった層)と年輪を調べている。

 

 マリモに年輪がある?これまで本連載「日本マリモ紀行」では触れてこなかったが、今回検討している論文「巨大マリモの理想的な水温環境」と同じ著者である神戸大学の中山恵介教授らは、2021年、サイエンティフィック・リポーツに掲載した論文「阿寒湖における巨大マリモの構造と形成」でマリモの年輪状構造について触れている。

 

 球状マリモをMRI(磁気共鳴画像法)で断層撮影すると、外層中に層状の構造が認められ、これが年輪であるという。また、その幅から、マリモは年に9~12.6 mm成長すると推定している。

 

 実は、球状マリモを輪切りにすると濃淡緑色の年輪状構造が見られる事象は古くから知られており(挿絵)、阪井與志雄博士は「マリモの科学」(1991年・北大図書刊行会)で次のように紹介している。

 

 『ドイツのブラントが1902年に発表した論文によると、マリモを真二つに切ると、断面の中心から濃い緑色の層と淡い緑色の層とが年輪のように重なっている構造が見られる。その理由は、マリモをつくっている糸状体が夏の間はよく成長して淡緑色となり、成長の遅い冬は濃緑色となるからだという。この層を数えて年齢を知ることができ、スウェーデンのヘデルビケン湖の直径20 cmのマリモは14~16年のものと推定されている』(引用ここまで)

 

 同様の記述は、オランダのファン・デン・フックが1963年に発刊したヨーロッパ産シオグサ属に関する総説にもあり、年輪状構造の存在は研究者の間で周知のことがらであった。

 

 ブラントが推定した年あたりの成長速度は1.3~1.4 cmで、上述した中山教授らが得た最大値1.3 cmとほぼ同じである。ならばなぜ、120年以上も前に報告されていながら、ブラントの研究は「マリモの成長速度」として受け入れられてこなかったのだろう。また、中山教授らが着手するまで、阿寒湖のマリモで年輪状構造が調べられた例はなかったのだろうか。

 

 上述した阪井博士は、阿寒湖のマリモにも年輪状構造があるのを1950年代に確認するとともに、年輪状構造が見られる場合と、見られない場合があるのを見出している。しかし、その理由だけでなく、年輪状構造の実態や生成過程は分かっていなかった。この構造を「年輪」と断定できなかったことが、ブラントの示した成長速度が一般化しなかった理由の一つと見てよいだろう。

 

大型球状マリモの切断面.厚さ数mmの濃淡をくり返す層状構造が見える.

 

 (つづく

 

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【釧路新聞『日本マリモ紀行#624』2024年7月22日】