ここまで説明してきたように、2023年にサイエンティフィック・リポーツに発表された論文「巨大マリモの理想的な水温環境」は生物学的にありえない論理構成となっており、この論文を根拠として「阿寒湖の水温上昇によってマリモの破損が進んだ」と主張することなどできません。
それにもかかわらず、論文発表以降、釧路市教育委員会とマリモ科学委員会は「マリモの破損は水温上昇の影響によるもので、水草除去対策は効果がない」との新聞発表を繰り返しています(北海道新聞: 2024年3月10日、6月22日、7月22日、12月19日、12月20日、2025年5月19日、5月20日、10月8日、12月22日、12月23日、いずれも佐竹直子記者による署名記事)。
そもそも、「マリモ破損の原因となっている水草の広域除去対策」は、原因と対策を検討した文化庁天然記念物緊急調査(2014年~17年)の最終年に文化庁や環境省、北海道教育委員会、釧路市教委が参加したマリモ科学委員会(委員長は佐藤謙 北海学園大学名誉教授)で了承されたものでした。
この会議には当該論文の著者たちも加わっており、論文の責任著者の一人である市教委のマリモ担当職員は「水草除去は喫緊の課題」であるとして、チュウルイ湾のマリモ群生地に船を浮かべ、会議参加者に対し現地説明まで行っているのです(下の写真)。
マリモ科学委員会による大型マリモと水草の生育状況視察(2017年7月31日).
2018年から始まる水草除去対策に向け,文化庁,環境省を始めとする関係者による情報と認識の共有が図られた.
ところが2018~2020年の文化庁天然記念物再生事業で行われるはずだった水草除去対策は、<はじめに>で述べたように計画通り実施されず、2022年までに大型マリモ集団は消失してしまいました。
しかしこの事実は公表されず、2024年にマリモ科学委員会の会議に水草対策の必要性を説明するため出席したところ(私は2021年度で委員を退任)、水草の増加によってマリモがさらに衰退している現状や過去の対策の経過に関する話も含めて、事務局である釧路市教委にとって都合の悪い情報は科学委員会全体で共有されていない、すなわち委員の多くに知らされていない実態を知りました。
そしてマリモについては、「衰退傾向にあるが詳しい生育状況や原因については分かっておらず、対策を検討するため2024年から天然記念物緊急調査を行う」という驚くべき話に変わっていました。当該論文と2度目となる天然記念物緊急調査の結果とをもって、「人為の及ばない地球温暖化のせいでマリモはなくなった」と幕引きを図る目論見であったと思われます。
こうして、長期にわたって対策が行われず放置され続けてきた結果、水草の分布面積と生育量は過去に例がないほど増大する一方、大型マリモはすっかり姿を消して生物量も激減してしまいました。
事態は2014年に天然記念物緊急調査が始まった際に予測した「最終的にマリモ群生地は水草に取って代わられる」段階に達しており、2025年から水草対策を本格化させたものの、除去された水草は全体から見ればごくわずかに過ぎません。
当該論文をきちんと読み、一連の経過を顧みれば、当該論文はマリモの科学的な理解の深化やマリモ保護の推進のためでなく、「特別天然記念物 阿寒湖のマリモ」の拠り所である大型球状マリモ集団を消滅に追いやった当事者たちが自身の責任逃れと保身のためにあみ出した絵空事であったことがよく分かります。
適正な治療は正確な診断があってこそ可能になります。皆が正しい情報を共有し、力を合わせてマリモの保護・再生に取り組むことができるよう、状況が改善されるのを切に願っています。
(おわり)
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