■ 目次
○ はじめに
■ はじめに
2023年の10月から11月にかけて、「阿寒湖では地球温暖化の影響で35年の間に水温が上昇し、その影響でマリモが痩せてきている」とする報道が相次ぎました。
<現在も閲覧できる記事: 朝日新聞/産経新聞/サイエンスポータルなど>
報道の元になったのは直前に発表された「巨大マリモの理想的な水温環境」と題する英語の研究論文で、釧路市教育委員会のマリモ研究室職員とマリモ保護施策について指導・助言するマリモ科学委員会の委員を務める大学教授らが著者となっています。
これ以前、阿寒湖のチュウルイ湾で大型球状マリモの破損と緩集合化(ボサボサした状態に発達すること)が進んでおり、彼らは論文を基に「マリモが破損したのは地球温暖化が原因」と喧伝(けんでん)するようになりました。
ところがこれは、当時のマリモを取り巻く状況の一部でしかありません。マリモの破損と緩集合化は2010年代に入って始まっており、この変化は阿寒湖の湖水浄化に伴って進んだ透明度の上昇、およびその効果によるマリモ群生地沖合における水草の繁茂と並行して起こりました。
それまでに得られていた様々な知見から、沖合からマリモ群生地にもたらされる波が繁茂した水草によって緩和されると、多層に重なり合ったマリモの上下が入れ替わらなくなったり、大きなマリモが回転不足を起こしたりして生育不良に陥り、破損に至ると考えられています(詳細については近著の『マリモ大全』で解説)。
対策の基本は増加した水草を除去して波を元の状態に戻すことです。しかし、マリモ群生地は阿寒摩周国立公園の特別保護地区に含まれており、マリモに悪影響を及ぼすからと言ってむやみに水草を除去することはできません。
そこで、2014年から17年にかけて水草の影響や除去後の効果、周辺の植生や環境、生物多様性への影響などに関する様々な調査が行われました。私はマリモ研究室の室長として一連の調査を主導しました。
水温の観測も行われ、「水温はマリモ破損の原因と認められないものの、将来、地球温暖化の影響が顕在化して夏季に高水温になった場合には群生地近くに流れ込む河川水で冷却する」との現状認識と対応策がマリモ科学委員会で話し合われました。
こうした中、2016年夏に偶然にも暴風台風が阿寒湖を襲って沖合の水草の多くが流失し、水草除去作業の大半が済んだ形になりました。そして、水草が除かれた効果で2019年までに大きなマリモが数を増やしました。
2018年春、私は市教委を定年退職し、沖合に残っている水草を2018年から2020年にかけて除去する対策事業を最重要課題として後任に引き継ぎました。組織のトップである教育長にも面談して「水草が再繁茂するとマリモの破損が再び起こるので、対策を着実に実行して欲しい」むね伝えました。
ところが、上述したマリモ担当職員と科学委員会の委員は水草除去対策を実施せず、自分たちの関心のある研究に予算を振り替えてしまいました。その結果、マリモが増えた2019年には沖合の水草も復活して湖面を広く覆うようになり、翌年から再びマリモの破損が始まりました。こうして、2021年から22年にかけて大型マリモ集団が消失するに至ったのです。
上記論文はマリモ集団が消失し始めてから2年後に発表されています。上述したように、マリモ破損の原因として水温の可能性は除かれ、水草減少によるマリモの回復も確認できていました。それにもかかわらず、このタイミングでマリモ保護対策の前提を覆す説を唱えるようになった理由は何なのでしょうか。
マリモ担当職員は「マリモが破損したのは水草が原因ではない」とも主張しており、「水草除去対策の不履行によって水草の繁茂とマリモの破損・消失が起こった」という自分たちに都合の悪い話をなかったことにしたいがためと見てよいでしょう。
とは言え、論文にまでなっているなら、科学的な根拠があるはずです。論文の内容を詳しく見ていきましょう。
大型マリモが流失して小さなマリモが薄く残存した阿寒湖チュウルイ湾の湖底(2022年10月9日).
右上の水中ブイの直径は約11 cmなので,マリモの直径は数 cmしかないとわかる.
