1980年代、地元での話。神奈川県川崎市の元住吉と言う駅の線路沿いに、爺さんが営む一軒の闇屋があった。
闇屋と言う言葉は余り良い印象を受けない。戦後、物に困った人々が持ちつ持たれつの関係で、闇市と言う独自の商売をしていた。闇市は、場所を確保し、自分の所持品に値を付けて買いたい人に買って貰う。正に資本主義の原点の様な商売。今で言うフリーマーケットと言った方が判り易い。
昔話を少しすると、地元の元住吉の駅は大きく変化を遂げた。今の元住吉駅はエスカレーターで上に登ってホームへ行くのだが、80年代の元住吉駅は、一旦、階段で下に降りて切符売り場で切符を買い、改札を通って向かいの登り階段を上ってホームに到着する。降りてから登っていくと言う、今思うと可思議で面倒臭い駅だった。ホームは今と違って、田舎にありがちな外に剝き出しなタイプのホームで、天井に屋根は付いてるが雨が降ってるとバシャバシャと入って来て靴が濡れたりする。タバコのポイ捨ても当たり前で、よく地面に落ちていた。外気の匂いと吸い殻の匂いが混じって独特な乾いた匂いがしていたのを憶えている。
夜になると酔っ払いが吐いたゲロを目撃する事も有った。酒の混じったゲロの匂い。見たくないし嗅ぎたくも無いから、なるべくゲロから距離を開けて通り過ぎた。そんな想い出のある元住吉の駅だったが、今は嘘みたいに綺麗になってハイテクになって都市化された駅に生まれ変わった。吸い殻やゲロも一切無い、地元に愛される元住吉の駅になった。
線路沿いの闇屋の爺さんは特異な風貌をしていた。左右どちらの手か忘れたが、片方の手の手首の先が丸々無い。目付きや風貌も余り好印象ではなかった。
体が不自由ながらも器用な動作に視線を奪われた。湯を沸かす為のヤカンを手首の無い方の手に輪っかを通し、使える方の手で本を並べ、口には咥え煙草。そんな風貌が少年ながらに、とても魅力的な大人に見えた。片腕を不自由にした目の前の爺さんは一体何者で、どんな人生を歩んできた人なんだろうと子供ながらに思った。怪しい風貌ながら魅力のある爺さんだった。
どう言う訳か子供達に好かれると言う不思議な特性があった。子供達を言葉巧みに丸め込むようなインチキ臭い大人のものではなく、暖かさと優しさを感じさせる爺さんと少年の心の交わりだった。
此処で一つの疑問。
そもそも子供達は何故、闇屋に行っていたのか?
明確な理由があった。闇屋の爺さんと少年の点と線を結んだのは<週刊少年ジャンプ>だった。
テレビメディアでも度々取り上げられるジャンプ黄金世代とは、正に私の世代の人達の事であり、当然ながら私も少年ジャンプに取り付かれた漫画少年だった。闇屋の爺さんは少年達と漫画の話で盛り上がると、店の前に出てきてドラゴンボールの孫悟空がやる必殺技・かめはめ波の動きを真似て子供達を喜ばせていた。
不思議に思っていた事があった。通常、週刊少年ジャンプの発売日は毎週月曜日が基本で、地域によっては火曜日、出版社の都合で、たまに土曜日と言うパターンもあったが、爺さんの店では、いつも毎週土曜日に週刊少年ジャンプが置かれていた。月曜日に読む筈の漫画が2日も早く読めるのは、子供達にとっては大変な魅力だった。だが、正規の本屋ではないので仕入れが少ない。30冊置いてあったかどうかだと思う。当然ながらあっと言う間に売り切れた。なので私自身は爺さんの闇屋で少年ジャンプを一冊も買った事が無い。急いで読みたいと言うタイプの少年ではなかったので、2日後の月曜日で不満は無かった。
今から思うに、爺さんがどういうルートで先行販売する為に仕入れて来たのか、ある程度は絞れる。同業者からの横流しが濃厚だったのではなかろうか。だが、早く入手出来る事に漬け込んで値段をちょろまかす様な事はしていなかった。ちゃんと定価の値段で売っていた。第一、そうでなければ子供も買いに来ないだろう。
子供達から人気を得ている闇屋の爺さん。いつの時代も、そういうタイプの人間を大人達は嫌う。闇屋の爺さんも例外ではなかった。やはりと言うか地元の御偉方と折り合いが付かず、度々、路上で口喧嘩をしていた光景を目にする事があった。子供達は何とも言えない心境だった。自分達が敬愛する大人と、見ず知らずの大人が争っていると言う現実を目の前にして、どうしたらいいのか判らなかった。
爺さんにとって、どれほどの長期戦の日々だったかは知らないが、形勢は次第に爺さんをよく思わない大人達へと傾いていく。子供達は闇屋に近づかなくなっていった。
「怪しい店に行っちゃ駄目!少年ジャンプが読みたかったら月曜日に本屋さんで買いなさい」
とでも言いくるめたのかもしれない。
所で、80年代の本屋と現在の本屋では雰囲気が違う。今時の本屋のイメージは店内も粛々として、例えるなら図書館の雰囲気に近い。だが80年代の本屋は熱気が違う。本屋で平気で立ち話をしたり、買いもしないのにウロウロする事も日常の光景だった。人の出入りも違う。漫画の単行本も飛ぶ様に売れた。今は多くの人が漫画雑誌は買わないけど単行本だけは買うと言う人が多いのだが、私達の世代は漫画雑誌と単行本も両方買うパターンが多かった。
小学生から中学生になった私は、闇屋の爺さんへの興味も全く無くなっていた。
ある雨の日、買い物の帰りついでに闇屋の通りを通ると、爺さんは店の奥の椅子に座り、雨の通りをボンヤリ眺めながら煙草をふかしていた。店といっても長机を横並びに3~4台並べただけの単純な店だったが、以前よりも品数が減った様に感じた。店に来ていた当時の子供達は成長し、何事も無かったかの様に違う楽しみを見つけ、新しい友達を作っていった。闇屋は大人達に責められ、子供も寄り付かなくなった。爺さんは次第に商売をする気がなくなっていった。
店は私が中学から高校へ進学した時には無くなっていた。店仕舞いのシャッターなんて気の利いた物は最初から無いから、そのまんま空き地になっていた。時はドンドン流れ、私は現在47歳になった。元住吉には、たまに行くが、闇屋があった場所はコンクリートの壁になっていた。
爺さんはどうしているのだろう。年齢的に考えても生きている筈はない。こうして書きながらも思うのは、あの爺さんは一体何者だったんだろう。どう言う筋の人だったんだろう。何故、片方の手首だけなかったんだろう。後日談の無い話ではあるが、何故か記憶の片隅に残り続ける興味深い爺さんであった。