小悪魔の魅力。齋藤飛鳥! | 何でもアル牢屋

何でもアル牢屋

趣味丸出しの個人コラムです。フラっと立ち寄れる感じの喫茶店的なブログを目指してます。御気軽にどうぞ!

<推しの子>なんて作品は興味が無いが、齋藤飛鳥には興味がある。今に始まった事ではなく、乃木坂の頃から気になる存在ではあった。
乃木坂時代、他の子とは何か雰囲気が違っていた。他の子が同調意識の中で白々しくやっている中で、一人醒めている感じで、アイドルと言う色に染まろうとしない。素直さが無いのか、変わっているのか、奇をてらっているのか、判断はし辛いが、そういう特殊な存在感を放っていた。

2023年に乃木坂46を卒業。率直に何故、今、卒業何だろう?とは思った。年齢的には、もう3年くらいの賞味期限はあったにも拘らず辞めてしまう。
アイドルを辞めた後、明確に何かをやりたいとか、目標が見えてこない。ひたむきに役者としての修行を重ねてる風にも見えないし、かと言って芸能を今すぐにでも辞めて自由になりたいと言う気配もない。取り敢えずアイドルを辞めて、空っぽにしたい。そんな所なんだろうか。

1:乃木坂を辞めた本当の理由。秋元康との関係性について

波紋が広がるので本人は公表する気は無いだろうけど、乃木坂を辞めた理由と言うのは、プロデューサーの秋元康との方針の食い違いなのではないか?と私は思っている。
その切っ掛けになったのは5期生として入ってきた井上和(いのうえ なぎ)と言う高卒上がりの新人で、彼女の扱いぶりを見ても、秋元の入れ込みぶりは相当なものである事が伺える。方針の食い違いと言うのは、要するに秋元は乃木坂の新エースとして井上を機能させたいと言う強い思いがある。プライドの高い飛鳥からすれば当然面白くない。乃木坂から白石麻衣が去り、生田絵梨花が去り、華のある看板が次々と去っていく中、センターは自分しかいないと思うのは古参としては当然だろう。
だが、その想いとは裏腹に秋元康には違った構想がある。それは両者の喧嘩ではなく、意見の食い違い、方向性の違いであり、あいつが悪い、こいつが悪いと言う次元の話ではない。合わない以上、お別れするしかないのは世の常で、飛鳥からすれば「乃木坂を辞めます」となり、秋元からすれば「いいよ」となる。

2:秋元康と言う男について

以前、やっていたブログで、秋元康を評論した事がある。その時、私が書いたのは、秋元は作るのが上手いが辞めるのが下手と言う内容だった。80年代の<おニャン子クラブ>が正にそうだった。
今時の訓練された大所帯アイドルと比べると、比べ物にならないくらい素人だったおニャン子達は、解散と同時に皆が路頭に迷った。芸能界に残った者、辞めた者、それぞれがバラバラに散っていった。作るのが上手な秋元は、終わった後の後始末が物凄く下手だった。
今現在の秋元を見てても、基本的に昔と変わっていない。彼のモットーは<去る者は追わず>で、辞めて去っていく者を追う事が無い。乃木坂のメンバーに関してもそうである。辞めると言ってきた子に、未練たらしく「どうして?何で辞めちゃうの?」みたいな事は言わない。「うん。判った」の一言で終わり。メンバーからすれば、引き留めてくれないの?って突っ込みたくなるほどアッサリしている。
だが、これは秋元の長所でもある。自分の仕事とは何か?と考えた時、自分の仕事はプロデュースであると結論を出す。つまり、相手が辞める辞めないと言うのは仕事とは無関係であり、自分が首を突っ込む事ではないと考える。どうするかは自分で決めなさいと言うのが、彼のプロデュースの基本概念であると思われる。
そこに照らし合わせれば、齋藤飛鳥が辞めると言ってきた時、ある種の想いはあったが、もう少し待ってくれる?みたいな問答は一切無かった。秋元の切り札は、井上和を中心とする乃木坂5期生であり、ファンからの評判も上々で、かつての1期生にも劣らない個性派ぞろい。この時点で、飛鳥の居場所は、真ん中では無くなった事は確かだった。

3:小悪魔としての齋藤飛鳥

出てくる言葉が一々面白いと感じてる人が多いのだろう。可愛らしい外見から出て来る痛々しい言葉をいくつか挙げてみる。

「人が困ってる姿を見るのが楽しい」

「人と向かい合って食べるのが嫌だから、壁を向きながら食べる」

「会場のアンコールは辞めた方がイイ。皆、遠くから来てるし、早く帰った方がイイ」

「アイドルは一種の呪いの様なもの」


この程度を並べてみても、相当面白い。
この小悪魔と言う表現も、ゲームから来たんだろうか。ロールプレイングゲームに登場する小悪魔は、大体、可愛らしい女子の姿で描かれる。女神転生シリーズなんかが代表格だろうか。ネコマタとかサキュバスとか。女神転生と言うゲームでは、出会う悪魔と会話交渉が出来るシステムで、それぞれの種族で個性的な喋り方をする。この悪魔なら、こういう喋り方をするであろうと言う制作側の工夫がされていて面白い。
並べてみた中でも特に目を引くのは「アイドルは呪いと同じ」と言う発言。ネットのインタビュー記事だったと思うが、これを読んだ時、意中の誰かに向けた言葉なのかな?と穿った想像をしてしまった。乃木坂の後輩達が読んだら、どんな印象だったんだろう。
聞かれたから出た<ぽっと出の言葉>ではなく、乃木坂時代から秘めていた言葉なのだろう。いわゆる<反乱分子>である。いつか反乱してやると言った気概すら感じる。気になるのは呪いの内訳であり、アイドルは自分の意思を持つ事が許されず、操られる人形の様な存在なのだと解釈できる。アイドルが意思を持って自由行動をする時、アイドルはアイドルでなくなる。齋藤飛鳥は、そう言いたいのだろうか。
アイドル業界のジャンヌダルクと言ったら大袈裟だろうか。言いなりにならないアイドル、自由意志を持つアイドル、その理想郷を夢見たのが齋藤飛鳥なのだとも言える。
推しの子の出演を一度断って改めて受けると言う行動も意味ありげではある。制作側からすれば、乃木坂のトップアイドルだった飛鳥に、その延長線上の役をやってくれと要求したが断られた。映画のインタビューによれば、制作側は何故断られたんだろう?と考えたらしい。二度目の交渉で成立したと言う背景に、飛鳥のアイドルへの怨念が見え隠れしている風に思えるのである。

 

人気ブログランキングでフォロー