吉本興業に担がれた松本人志! | 何でもアル牢屋

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ダウンタウンの松本人志が悪い事をやったのか?やってないのか?と言う事は、取り合えず置いておくとして、松本よりも異常さを感じるのは吉本興業と言う芸能事務所の体質である。
世間が今、率直に何を感じているのかと言えば、去年騒がせたジャニーズ事件と何やら似た様な事件が水面下で起きているのではないか?と言う事。それはやがて国際問題化し、一人の芸人の火遊びが大火事に発展して、吉本興業そのものが大揺れに揺れる様な錯覚さえ起こしてしまう。
吉本興業の悪い風習は、芸人頭を作り、所属タレントを<お山の大将>にしてしまう所で、その現在の頭が松本人志と言う事になる。過去には誰が居たかと言えば、島田紳助であった。闇社会との付き合いを辞めない島田紳助は、改心したと言うよりは「俺は俺の信念を貫く」って感じで不貞腐れながら芸能界を去っていった。この紳助の態度を「流石だ、カッコいい!」と認識する下っ端芸人と、呆れ果てた世間の反応は対照的であった。

メディアの反応はどうだったか?

活字は叩き、テレビは知らんぷりを決め込んだ。こう言う所でも、テレビメディアは世間を敵に回し、テレビの落ち込みを加速させる要因を作った。利益があれば使う、無くなれば捨てる。テレビの手の平返しは、やがて去年のジャニーズ崩壊と言う歴史を作っていく。

現在、苦境を笑いに変えると言う<お笑い精神>で何となく世間を煙に巻く松本人志だが、世間から見れば、隠れながら大言壮語を喚き散らしてる風に見える訳で、無実だと言い切るなら裁判沙汰になろうが休業せず活動を続ければいい。誰もがそう思ってる筈であり、今のままでは身の置き所が無い雲隠れだろうと指を差されても仕方があるまい。それを「家族の為だろう」と痛い庇いだてをする明石家さんまも過去が怪しい人物である。
去年のジャニーズの一件で世間が感じた事は、テレビメディアは都合の悪い何かを隠す事で、隠し事が明るみになり、隠しようがなくなった時点で「参りました、御免なさい」と見苦しく世間に謝罪した。仮に松本人志が人様に迷惑を掛ける様な事をやっていたとしたら、テレビメディアが知らない訳ないだろうと考えるのが普通だろう。となれば、この騒動で一番、戦々恐々としてるのはテレビメディアではないのか?第二のジャニーズ事件、テレビは又、謝らなければならないのか?瀬戸際に追い込まれてしまうのか?

時代背景を振り返ると、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンの両コンビは、80年代後期に、ほぼ同時期に出てきた。私が14~5歳の時なので、相当古い人達だ。私の住む関東では、どちらかと言えばダウンタウンの方が人気があった。何処か芸風が小綺麗なウッチャンナンチャンと比べると、ダウンタウンは泥臭くて人情的だったせいなのか、関東人にも好かれた。
相方の浜田は相変わらずって感じだが、松本の方は随分と人変わりした雰囲気を感じた。スーツを着て整髪量でテカテカに固めたルックスが、いつからなのか、坊主頭に刈り上げ、ヒョロヒョロだった体がマッチョになって色黒になった。率直に言ってゴリラに変貌した。彼なりに何か意味があるのだろうが、私の様な世間は彼に何があったのか知る由もない。何故変わったのか判りようがない。
弱そうな外見から強そうな外見に変貌したと言う辺りに、松本が変わった何かのヒントがありそうな気がする。俺は強いんだと言う自己顕示欲。芸人の下っ端を連れ、豪遊に耽る。自分を見る周りへのパフォーマンスとも取れる。そうでもしなければモチベーションを保てなかったのであれば、所属する吉本興業にも責任の一端はあるのではないのか?その罪とは、松本にプレッシャーを与え続け、常に威張れ、偉そうにしてろ、そう言う宿命を背負わせた事だろう。