第四章 黒龍党の蔡夫人と第二婦人
徐英風は、いつ何処に居ても誰かに因縁を付けられる。特に迷惑なのは飯の最中。髭面の強面男が二人の部下を連れツカツカと自分の席にやってきた。髭面は言う。
「あんただな、徐英風は」
「そうだ」
「すまんが、来て貰えないか」
「何処へ」
「ある御屋敷だ。貴婦人が御呼びだ」
「どんな貴婦人だ」
「黒龍党党首の令夫人・蔡夫人だ」
この後、英風は自分はへそ曲りであり、怖い髭オジサンと喧嘩をしたくなってしまう性分を明かす。この言葉に嘘がない事は、序盤のチンピラ三悪人が後に助っ人を連れて英風にリベンジしに来た際、助っ人の顔も<怖い髭オジサン>であった事からも伺える。
黒龍の手下を軽く打ちのめした後、「まだ、連れていきたいか?」と聞き、髭オジサンは「もう、結構です」と降参。英風は「だったら行ってやろう。もう来なくていいと言われると行きたくなる」と返して捻くれぶりを全開!
やがて蔡夫人の待つ屋敷へやってきた徐英風。招かれた部屋では妖艶な美女が優雅に侍女と戯れている。
「お前が徐英風なの」
「そう、徐英風」
英風はおもむろに彼女の髪の匂いを嗅ぐ。「あんた、蔡夫人じゃないな」
「どうして判るの?」
「どうしてって、見りゃ判るぜ」
この辺の返しも英風の垢抜けたセンスが伺える。
奥の間から、もう一人の美女が姿を現した。「貴方に御会いした事があって?」
「いや、会った事はないけどね。でも聞いた事があるんだ。蔡夫人は美しいばかりでなく、好い香りが漂っているそうだ」英風は最初の女を指さして言う。「彼女は美人だが、香りがないモンね」
このやり取りを見る限り、どうやら蔡夫人は世間で有名人らしい。しかも悪名ではなく、優雅で美しい存在として認識されている。しかし惜しむらくは悪名高き宣大人の正妻である事であった。玉に傷というやつだろうか。
言うまでもなく蔡夫人の目的は極意書である。この時点では宣大人の存在を英風が重要視する筈もないが、初の間接的な接触であった。所で、蔡夫人は傍から聞いてても「え?」と耳を疑いたくなる様な取引を要求している。その取引とはこうだ。
「銀十万両、それに、あの子達(侍女たちの事)、彼女(一緒に居た第二婦人の事)と私」
明らかに、どう考えても英風を殺しに来ている条件だ。第一、未亡人でもないし、時代背景からして姦通罪が適用される可能性もありそうだ。
そもそも英風と蔡夫人を引き合わせたのは宣大人の策だ。宣が用意周到だったのは、夫人達がしくじる事だけでなく、しくじった後に第二の策を張り巡らした事だった。そこで登場したのが方正平(ほうせいへい)と言う男だった。
次回へ続く