こんにちは

まーにゃですニコ


江戸時代の暑さ対策。

以前に水と風で涼む、という記事をあげましたウインク


今日は、団扇うちわについて。

その歴史は古く、古墳時代には中国から日本に伝来したそう。

当時は「翳(さしば・さしは)」といって

涼をとるために「あおぐ」というより

威厳を正すため貴人の顔を隠す

虫を追い払うというものだったそうです。


日本服飾史より


室町時代に入ると

竹と和紙を使って作られ

飛躍的に送風力が上がりました。


江戸時代になると庶民にも広まり

使われ方が大きく変わりました。



扇いで暑さをしのいだり

虫を捕まえたり

炊事の火起しなど

日常の道具として身近なアイテムになりす。


豊原国周/東京両国夕涼図

また

浮世絵や俳諧、和歌、漢詩などを

印刷したものが作られ

芸術品として飾るという使い方も。


芸術性の高さから

観賞用にもなった「団扇絵」は

歌川広重歌川国芳、歌川豊国らといった

超一流絵師が手がけました。



手回し団扇


団扇を数枚使った「手回し団扇」。

大奥や裕福な商人など

一部の人々が使用していたそうです。

江戸時代の人たちも

どうにかして涼しく過ごすために

あれこれ工夫していたんですね


どんなに風邪が吹くのか

とても気になりますね爆笑



三代歌川豊国/『あつまけんしみたて五節句』部分

いかにも裕福な商人のお嬢様

その手元にあるのが手動扇風機「手回し団扇」













こんにちは
まーにゃですニコ

夏の楽しみといえば
「花火大会」ですよね♫

日本で最初に花火見物をしたのは

諸説ありますが

徳川家康だといわれています。


家康が幕府を開いてから10年後の

1613年(慶長18)のことだそうです。


当初、花火は中国など外国製で

打ち上げも外国人が行っていましたが

やがて、、日本人の手でも

花火の製造、打ち上げが

行われるようになったそうです。


歌川広重『名所江戸百景』「両国花火」


両国の川開き

隅田川花火大会」は

日本最古の歴史を持つ花火大会ですが、

「隅田川花火大会」と呼ばれるようになったのは

1978年(昭和53年)からで

最近のことなのですね!


それ以前は

両国の川開き」と呼ばれていました。


川開きに初めて花火が打ち上げられたのは

享保18年(1733)旧暦528日。

始めたのは

あの暴れん坊将軍こと8代将軍・徳川吉宗


前年に起きた「享保の大飢饉」と

江戸市中のコレラ流行の

慰霊と悪霊退散を祈願して行われた「水神祭

の一環として

花火大会が催されました。


翌年より年中行事となり

両国の川開きの始まりとなりました。


両国川開きとは

火事の多かった江戸の火除け地として造られた

両国橋たもとの広小路や大川端に


旧暦の528日から828日の間

夜店や屋台の出店が許された

納涼期間の初日のこと。


大川端両岸に並ぶ船宿や料理茶屋が

大川に納涼船を出して

お客をもてなすのも、この日から。

お江戸の夏の始まりを告げる風物詩でした。


鍵屋の六代目が点火した花火の数は

わずか20基程度だったそうですが

それでも江戸の人々にとっては

超〜貴重な体験!

熱狂し大勢の観客が集まりました。


広重「名所江戸百景 両国花火」)


オレンジ色の花火

現在の花火はカラフルですが

江戸時代の花火は

淡いオレンジ色の1色だけ。


明治時代になって

海外から多くの化学薬品が入ってきて

カラフルな花火が誕生しました。


玩具花火も大流行し

火事が多発する事態となり

幕府から禁止令も出されました。


禁止令が出ても江戸の庶民が

花火という新しい娯楽を完全に手放すことはなく

数年にわたって5回の禁止令を出したが

最終的には

隅田川の川筋と海岸だけは花火をしても良い

場所限定で許されたそう。


祭や新しい事、派手なことが好きな江戸っ子が

花火を諦めるわけはないですよねウインク


歌川貞房 / 東都両国夕涼之図

手前の両国橋の上は人でぎっしり!

夕涼みどころか、暑そうです^ ^;

川にもたくさんの屋形船が!

当時の熱狂ぶりが伺えますね















こんにちは

まーにゃですニコ


毎日猛暑が続いていますが、

いかがおすごしですか?


江戸時代の夏の平均気温は

現代より23低かったといわれています。

アスファルトなどの照り返しもないし

現代よりかなり涼しかったはず。


とはいえ
当時の人々にとっても夏は暑い季節に変わりなく
クーラーも冷蔵庫もない時代
どうやって過ごしていたのでしょう晴れ

ピンク薔薇

江戸時代の夏の涼の取り方として
欠かせないのが自然の風と水

日中は日差しを葦簀(よしず)で遮り
打ち水をして

涼しい風
室内を通るようしていたそうです。


見た目にも涼しいように
鉢にたっぷりの水を入れて
泳ぐ金魚を鑑賞したり 
水に浮かべて冷やした夏野菜
スイカなどを食べたり

水をうまく活用することで
少しでも涼しく感じるように
工夫していたようです。


ピンク薔薇


涼を求めて

人々は水辺に集まりました。


川のほとりや池の周りをそぞろ歩いて

そこに吹く涼しい風に当たったり

滝浴み(たきあみ)」をしたりした


滝浴みは、滝に打たれたり

滝を眺めて楽しんだり

その川の水で遊んだりして涼を求めること。


江戸時代は

王子にいくつかある滝に

行楽を兼ねて出かけるのが

流行っていたそうです。


広重「名所江戸百景 王子不動之滝」


歌川広重  「東都名所 王子滝の川」


川岸に縁台を置いて
自然の風に当たったり
を浮かべて舟遊びを楽しんだり
扇子(せんす)や団扇(うちわ)持ったり
それぞれに涼を楽しんでいますね♫

王子不動の滝は落差が大きく
水量も豊かだったことから
人気が高かったそう。

不動の滝があった場所は
今ではコンクリートで護岸されてしまい
滝も無くなっています。
ちょっと残念ですね💧