私、身分は学生なのですがかなりいい年です。
大学は娘・息子世代の人たちと一緒に卒業しました。
「今世、結婚はしないぞ」と誓ったかどうかは不明ですが、(笑
どうやら一生ご縁もなさそうなので(照)
年寄り臭さを発揮するチャンスもなく、
学生仲間とは親子のようで、半分友だちのようです。
彼らが卒業した去年は売り手市場。
打って変わって今年は求人不足。
当然波に乗り遅れた子たちもおります。
早々に会社の未来を見切った子もおります ;;
私が22才だった頃と彼らが迎えた22歳の春と比べて、
今は生きやすくなったのか生きにくくなったのか。
少なくとも私には、私と同じ世代には思いつかないような
ストレスや苦境を乗り越えなくてはならない時代に
彼らはいるように見えます。
自分の生き方を自分で切り開いていかなければいけない
時代になっています。
寄りかかる大木はありません。
私たちには「会社」が「家族」が自分たちを守ってくれる、
という信仰があったけれど、
今や守ってくれる「絶対」はありません。
一見頼りなく、不安にも見えます。
それでも、彼らの感性はぴかぴかに輝いているのを感じます。
この感性が、闇を突き破る力になるのではないかと、
私は思います。
この長い夜は、より大きな発展のための
目覚の前の闇であると信じたい。
頼るものがないということは、ある意味
「なんでもチャレンジできる」ということ。
お客さまが本当に求めているもの、
より人々の生活の質を向上させるものを、
彼らは感覚で理解することができるはずだから。
それが前面に押し出されてくるまでの、
今は準備期間なのだと思いたい。
「誰がどれだけたくさん手に持つことができるか」は、
まもなく重要なものではなくなってくる。
友だちとして彼らを見ていると、
新しい価値観念のタネをたくさん持っているような気がするのです。
今はまだ固いタネがやがてゆっくりと芽を吹き、
彼らの瑞々しい感性を展開させていくその日を待ちながら、
私はこの星の未来に期待しているのです。
勇気と希望にあふれた経営者たちが、
たくさん出てきますように。
本当の人生の価値を世の中に提供できる人たちが、
世の中に増えますように。
彼らの持って生まれた感性が、
よりよい未来を選択するような世の中になりますように。
未来はまちがいなく「君のもの」なのです。
大いに期待しています。
大学は娘・息子世代の人たちと一緒に卒業しました。
「今世、結婚はしないぞ」と誓ったかどうかは不明ですが、(笑
どうやら一生ご縁もなさそうなので(照)
年寄り臭さを発揮するチャンスもなく、
学生仲間とは親子のようで、半分友だちのようです。
彼らが卒業した去年は売り手市場。
打って変わって今年は求人不足。
当然波に乗り遅れた子たちもおります。
早々に会社の未来を見切った子もおります ;;
私が22才だった頃と彼らが迎えた22歳の春と比べて、
今は生きやすくなったのか生きにくくなったのか。
少なくとも私には、私と同じ世代には思いつかないような
ストレスや苦境を乗り越えなくてはならない時代に
彼らはいるように見えます。
自分の生き方を自分で切り開いていかなければいけない
時代になっています。
寄りかかる大木はありません。
私たちには「会社」が「家族」が自分たちを守ってくれる、
という信仰があったけれど、
今や守ってくれる「絶対」はありません。
一見頼りなく、不安にも見えます。
それでも、彼らの感性はぴかぴかに輝いているのを感じます。
この感性が、闇を突き破る力になるのではないかと、
私は思います。
この長い夜は、より大きな発展のための
目覚の前の闇であると信じたい。
頼るものがないということは、ある意味
「なんでもチャレンジできる」ということ。
お客さまが本当に求めているもの、
より人々の生活の質を向上させるものを、
彼らは感覚で理解することができるはずだから。
それが前面に押し出されてくるまでの、
今は準備期間なのだと思いたい。
「誰がどれだけたくさん手に持つことができるか」は、
まもなく重要なものではなくなってくる。
友だちとして彼らを見ていると、
新しい価値観念のタネをたくさん持っているような気がするのです。
今はまだ固いタネがやがてゆっくりと芽を吹き、
彼らの瑞々しい感性を展開させていくその日を待ちながら、
私はこの星の未来に期待しているのです。
勇気と希望にあふれた経営者たちが、
たくさん出てきますように。
本当の人生の価値を世の中に提供できる人たちが、
世の中に増えますように。
彼らの持って生まれた感性が、
よりよい未来を選択するような世の中になりますように。
未来はまちがいなく「君のもの」なのです。
大いに期待しています。
弟のお嫁さんに
お菓子を送ろうと思って、「何が食べたい?」とメールしました。
お嫁さんは柳月の三方六と
六花亭の雪やこんこをリクエストしてきました。
曰わく 「○○(甥っ子)が好きだから」
自分が食べたいものでいいのにね ;;
そういや子どもの時、おいしそうなお菓子を分けるときに
どうしてかーさんは一番小さいのをとって
私たちに大きいところを分けるのか、
ずっと不思議でありました @@
自分だったら一番美味しいところをとるのになぁ @@
もし私が親になっても負けずに
美味しいところをいっぱいとるぞ @@;
などと、いやしい(w)ことを考えておりました。
今になってようやっと、
お母さんにとって
子どもはとても大切なものなんだな~とわかります ^^
「日本の親は子どもべったり」などと言われることがありますが @@
子どもの成長を阻害してしまうほどの
過度な愛情はともかくとして、
誰かを何かを「愛しい^^」と思う気持ちは
いくらあってもいいんじゃないかと思います。
そうやって誰かに愛された記憶は、
ふとした瞬間に、その人の大きな力に
なることでしょう。
そう思うと、思った私もちょと幸せになれます ^^ノ
帰りのバスで、ちいさなぬいぐるみのクマちゃんを
大事そうに持っている女の子がいました。
「愛しい^^」という気持ちは
教えられたり植え付けられたりするものではなく、
自然に子どものこころに備わっているのではないでしょうか。
クマちゃんが大好きだった記憶は大きくなって薄れていっても、
いつか誰かを愛せたときに、
もっと大きな愛情になって、他人へと伝染していくのでしょうね。
お菓子を送ろうと思って、「何が食べたい?」とメールしました。
お嫁さんは柳月の三方六と
六花亭の雪やこんこをリクエストしてきました。
曰わく 「○○(甥っ子)が好きだから」
自分が食べたいものでいいのにね ;;
そういや子どもの時、おいしそうなお菓子を分けるときに
どうしてかーさんは一番小さいのをとって
私たちに大きいところを分けるのか、
ずっと不思議でありました @@
自分だったら一番美味しいところをとるのになぁ @@
もし私が親になっても負けずに
美味しいところをいっぱいとるぞ @@;
などと、いやしい(w)ことを考えておりました。
今になってようやっと、
お母さんにとって
子どもはとても大切なものなんだな~とわかります ^^
「日本の親は子どもべったり」などと言われることがありますが @@
子どもの成長を阻害してしまうほどの
過度な愛情はともかくとして、
誰かを何かを「愛しい^^」と思う気持ちは
いくらあってもいいんじゃないかと思います。
そうやって誰かに愛された記憶は、
ふとした瞬間に、その人の大きな力に
なることでしょう。
そう思うと、思った私もちょと幸せになれます ^^ノ
帰りのバスで、ちいさなぬいぐるみのクマちゃんを
大事そうに持っている女の子がいました。
「愛しい^^」という気持ちは
教えられたり植え付けられたりするものではなく、
自然に子どものこころに備わっているのではないでしょうか。
クマちゃんが大好きだった記憶は大きくなって薄れていっても、
いつか誰かを愛せたときに、
もっと大きな愛情になって、他人へと伝染していくのでしょうね。
あなたから私たちは見えないけれど
いつもここにいるよ 忘れないでね
雪の層はまだ厚いけれども
あなたの中に流れるものは
明らかに太陽に向かって近づいている
やがて雪を割り
あなたの芽がしっかり大地のうえに立つまで
静かに見守るのが私たちのルール
大丈夫、あなたは立派に独り立ちできるはず ^^
自分の力で茎を伸ばし、花を咲かせて
しっかりここに帰っておいで
再び会えるその時には
あなたの世界は冬になっていることだろう
次の春がくる時には
あなたは私たちとここにいることだろう
それまでずっとここにいるよ ^^
あなたの眼には映らなくても
忘れないでね
いつもここにいるよ 忘れないでね
雪の層はまだ厚いけれども
あなたの中に流れるものは
明らかに太陽に向かって近づいている
やがて雪を割り
あなたの芽がしっかり大地のうえに立つまで
静かに見守るのが私たちのルール
大丈夫、あなたは立派に独り立ちできるはず ^^
自分の力で茎を伸ばし、花を咲かせて
しっかりここに帰っておいで
再び会えるその時には
あなたの世界は冬になっていることだろう
次の春がくる時には
あなたは私たちとここにいることだろう
それまでずっとここにいるよ ^^
あなたの眼には映らなくても
忘れないでね