求めても得られない苦しみも
得てもやがては失う悲しみも
抱きしめて その内なる世界に取り込んで
いつかはきっと きれいな華を咲かせる
今日のあなたを
一足飛びに未来へ連れてはいけない
でも
やがて咲く日のあなたのために
今日 私はここにいる
得てもやがては失う悲しみも
抱きしめて その内なる世界に取り込んで
いつかはきっと きれいな華を咲かせる
今日のあなたを
一足飛びに未来へ連れてはいけない
でも
やがて咲く日のあなたのために
今日 私はここにいる
眼が足の役目をしようとしても、
足が手の役目をしようとしても、
うまくはいか ないでしょう。
それぞれが同じ「身体」として
役割をこなしているからこそ、
全体として
発展していくことができるのです。
足を批判し、手を痛めつけたところで
誰も勝利しない。
本来与えられた真の機能を発揮できず、
共倒れしてしまうだけです。
まるで相手が自分であるかのように
その持っている力を認め、
自分と同じように相手を利し、
ともに互いを育んでいくこと。
それが、真に自らを利す近道。
有機体全体が十二分に成熟するための近道。
とても簡単なことなのです。