まだ堅いつぼみを抱えた小さな木

時が来たら、
真っ赤な花をたくさん咲かせた

あなたのつぼみもまだ堅いままだけれど

あなたは咲くよ

そのことを覚えている人がいる

もし、あなたには花など無いと思っていたとしても
そんな自分にすぎないのだと思っていたとしても

まだ、眠っているだけなんだよ
水の涸れた井戸の底をいくらつついても
もう何も出ないのに、

出ないと知っていながらいつまでも
その場所から立ち去れない。

涸れる前の井戸がなつかしいからか、
いじらしく水を待つ自分が愛しいからか。

どちらにしてももう清らかな水は出てこない。


もういい加減、長い夢からさめたらどうだ。


役に立たなくなってしまった井戸は、
埋めてしまって二度と振り返らないのがいい。

あれはただの地面のあばた、
もう何も出てこないのだと納得できたのなら、



               動ける。


想像してみましょう

木が心を持っていて、
深い愛情とともに
人間たちを見下ろしている姿を。

彼らは静かな営みを続けながら
人々の心の痛みを吸い取って、
大空に放してくれる。

たとえ私たちが気づいていてもいなくても、

私たちのまわりは
優しく私たちを育む気持ちでいっぱい。

もし自分が世界でたったひとりだと思ったら、
窓の外を見渡してごらん。

私たちのまわりは味方でいっぱい ^^

それに気がついていないだけなんだよ。
もし気づくことができるなら、

私たちはもっと自由な心になれるんだよ。
学校から家に帰ったら、洗濯が終わっていました。

干すのを途中でやめて、
干し方もちょっと適当でしたが (笑

冷凍庫の冷やごはんも
温めておいてくれました。

「ごはんは炊かなくていいよ(冷やごはんあるから)」

と言っても、新しいごはんを炊いてしまう母。

きっと母なりにいっぱい考えて、
できることをやろうとしているのでしょう。

明日もまた一つでいいから、
自分でできればいいね。


身体を動かすのはきついはずなのに、
動かすのもままならないはずなのに、


・・・・・・私のために、どうもありがとう。


子どもたちは遊ぶのが仕事、

大人たちは愛するのが仕事。