『歌われなかった海賊へ』 | Wind Walker

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歌われなかった海賊へ

 

『歌われなかった海賊へ』 逢坂冬馬著 2023年

 

 

『同志少女よ、敵を撃て』で衝撃デビューした著者の2作目。

 

前作は独ソ戦に参戦した少女たちのお話でしたが、今回はナチス政権下のドイツ国内で反ナチス、反ヒトラーユーゲントの活動をしたエーデルヴァイス海賊団という実在した少年少女のグループを描いた物語。

 

エーデルヴァイス海賊団の存在自体をまったく知らなかったのでワクワクしながら読んでみたら、プロローグが現代のドイツの学校での授業風景から始まることにまず意表をつかれます。

 

「歌われなかった海賊へ」というタイトルは作中の人物が書いた本の題名であり、本作の大部分はその書物の内容という体裁になっているのですけど、その本に至るまでの話の流れが実にスムーズで本編が始まる前にもう話に引き込まれました。

 

 

物語は終戦間近の1944年。当時、10代の若者はヒトラーユーゲントというナチスの青年部に加入する義務がありましたが、そこではナチスの思想に染まるように画一的な思想統制がなされていました。

 

少年少女たちは政治的な理由からではなく、押し付けられる価値観への反撥としてエーデルヴァイス海賊団を密かに結成したのです。

 

エーデルヴァイス海賊団のルールは以下の通り。

 

「ひとつ、エーデルヴァイス海賊団は高邁な理想を持たない。ただ自分たちの好きなように生きる。ひとつ、エーデルヴァイス海賊団は助け合わない。何が起きても自分で責任を取る」(P.53)

 

 

エーデルヴァイス海賊団は自然発生したグループですがドイツの各地に誕生し、Wikipediaによれば「エーデルワイスのバッジや服装など似通ったものを着用し、お互いに旅行やキャンプなどで知り合い、共にヒトラーユーゲントのパトロール部隊を襲撃することにより一体感を持っていた」とのこと。作中でも別の市のグループと交流するシーンが描かれていました。

 

 

物語の前半は少年少女の友情を描くジュブナイル小説のような話で、特に線路の上を歩いていく場面などは映画『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせましたが、線路の先に強制収容所があるのを発見すると後半は本格的に反ナチスの作戦を練り・・・という展開になります。

 

その活動の一環として市民たちに収容所の存在を告げ、そこで何が行われているのかを触れて回るのですが、大人たちは一向に耳を傾けようとしません。

 

そこで少年たちは悟るのです。この人たちは知らないのではなく、知らないふりをしているのだと。なにも見なかったふり、聞かなかったふりをしているのだと。

 

このへんになると最近の映画『関心領域』と同じテーマを読者に突きつけてきて、非常に考えさせられる内容でした。

 

 

というわけで前作同様、膨大な参考文献に基づいた歴史的事実が散りばめられた、それでいながら読みやすく仕上げられたエンタメ作品。

 

歴史のリアリティーの重厚さとキャラクターのアニメっぽさのアンバランスという弱点も前作と同様に感じたものの、前作のように途中でぶん投げたくなるようなことはなかったです。

 

ただ著者が伝えたいことを100%伝えたいという想いが強すぎるのか、説明過多で説教くさいのが玉に瑕。

 

エーデルヴァイス海賊団が音楽の力で結束するところは◎。