『ベートーヴェンの生涯』 ロマン・ロラン著 1903年
ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』はベートーヴェンをモデルにした大河小説でしたが、今回は同著者によるベートーヴェンその人の伝記。
皆さん、ベートーヴェンというとどんなイメージでしょう。
音楽室に飾ってあった、イカメしい肖像画でしょうか? ジャジャジャジャーンという『運命』のフレーズでしょうか? あるいは耳が聞こえなくなっても作曲し続けたというエピソードでしょうか?
まあ『ジャン・クリストフ』を読むまでの私のイメージを列挙しただけなんですけど(笑)、小説を読んで主人公のクリストフと実在のベートーヴェンを同一人物として認識するようになってしまいました。ハマチがブリになるように、クリストフが後にベートーヴェンとして知られるんでしょう? というぐらいに。
しかし意外なことに、クリストフが作中で聴覚を失うことはなかったのですよ。
「耳が聞こえなかったのに作曲したなんてスゴい」と子供の頃は思っていたのですけど、ベートーヴェンの偉大さはそんなところではないということです。(そこが分からないと耳が聞こえないふりをした作曲家が現れたり、まるで大した曲でもないのに大勢の人がその人物を「現代のベートーヴェン」と持て囃したりするようなことになるのです。)
ベートーヴェンの生涯はそれはもう苦難の連続であり、難聴はその一つに過ぎません。しかしその苦難を突き抜けて、ついには歓喜に至るという、そこが真の偉大さなのです。
私がヒーリング音楽が好きではないのはまさにそこで、「中途半端に癒されてんじゃねーよ! 突き抜けろ!」と思ってしまうからなのでしょう。(逆に重要な場面で「歓喜の歌」を使用した『新世紀エヴァンゲリオン』は大好きになってしまいました。笑)
ベートーヴェンの生涯を知ってから「歓喜の歌」を聴くと魂が震えるほど感動してしまいます。なぜならあの曲は苦悩する人間の、苦悩する人間による、苦悩する人間のための曲でありながら、「それでも人生を全肯定する」という曲ですから。ほとんど悟りの境地です。
ベートーヴェンのイメージを音楽室の肖像画から、自然を愛する感受性豊かな青年へと変貌させてくれる『ジャン・クリストフ』のほうが100万倍ぐらいオススメですけど、全4冊を読むのが大変という方は手軽に読める本作はいかがでしょうか。
これらの伝記は不幸な人々に捧げられる。しかも煎じ詰めればいったい誰が不幸でないであろうか?(p.16)