『ナウシカ考』 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

『ナウシカ考 風の谷の黙示録』 赤坂憲雄著 2019年

 

 

「ナウシカ」というと多くの人がアニメ版を想起すると思いますけど、マンガ版の『風の谷のナウシカ』(全7巻)を民俗学者が考察する本。

 

マスク無しには生きていけないナウシカの世界って、現在の新型コロナウイルスに席巻されたこの世界と奇妙に似ている気がするのは私だけでしょうか。

 

ナウシカの世界は、ユーラシア大陸の西のはずれに発生した産業文明が1000年後に絶頂期に達し、「火の7日間」と呼ばれる戦争によって有毒物質をまき散らしつつ崩壊した、そのずっと後の世界。

 

腐海という、人間が吸ったら5分で肺が腐って死ぬほど強い瘴気を発する森がどんどん都市を呑み込みながら拡大し、一方どんどん狭まる世界で人間たちはそれでも争いを続けるという物語なのですけど、マンガ版の後半で腐海は実は人工的に作られたものだったことが明らかにされます。

 

 

この世界観の中では「火はそれ自体が悪をなすもの」(p.118)であり、腐海の中で平和に生きる「森の人」は食べ物も生食で決して火を使わず、いわば火を捨てた人々として描かれます。

 

アニメ版のイメージでは火を吐く巨神兵が物質文明や戦争の象徴で、ナウシカの象徴するエコロジー思想と対立するものでしたが、マンガ版では最終的にナウシカが巨神兵を操る側に回るのです。

 

アニメは誰もが理解しやすいエンタメ作品として作ってありましたけど、マンガ版は登場人物がそれぞれの正義をぶつけ合う展開になるので一体何が正しいのやら読んでいるうちに分からなくなってくるような奥深さがあります。

 

『ナウシカ』ではなく『ナウシカ』なので、この本を読んだからといってナウシカの謎がスッキリ分かるとか、隠されたメッセージが明らかになるとかいうことはなかったですが、今までよりもう一歩深い理解を促してくれますし、なによりこのタイミングでもう一度ナウシカを読み直すきっかけになりました。

 

アニメしか観ていない方は、マンガ版も是非。今読むと、腐海や粘菌などのバイオ兵器の恐ろしさがずっとリアルに感じられます。

 

 

いずれこのコロナショックが収まっても世界は元通りにはならず新しい世界がやってくると各方面で言われていますけど、ナウシカは新世界の支配者たらんとする権力者たちをことごとくなぎ倒し、読者の私たちに「先が見えなくても、とにかく生きろ」という力強いメッセージを送ってくれます。

 

思えば、『もののけ姫』や『風立ちぬ』などでも、ジブリの宮崎駿作品ではそのメッセージは一貫していましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、『ナウシカ考』でも紹介されていたナウシカと同時期に描かれた『シュナの旅』は宮崎駿の原点であり、ナウシカのエッセンスが1冊に凝縮されたような作品です。未読の方にはこちらもオススメ。

 

 

 

 

 

その『シュナの旅』はチベットの民話を基にしているのですが、その民話が絵本になっていました。オリジナルを知ることで宮崎駿の才能の巨大さが改めて分かります。