『ねじまき鳥クロニクル』 村上春樹著 1994年
この前、久しぶりにNHKオンデマンドで『100分de名著』を一気見したのですよ。
そうしたら、番組で本作が取り上げられていたのを発見。
これは私には意外なことで、村上春樹先生の長編小説はあらかた読んだことがありますけど、唯一途中で読むのを止めてしまったのが本作だったのです。
なので私の中で「もっとも退屈な失敗作」という印象だったのですが、解説の先生が「本作が村上春樹の中でもっとも深い作品だと思う」と仰っていたので、最後までちゃんと読んでいない作品を評価するのもいかがなものかと思い直し、嫌々ながらもう一度読むことにしました(笑)
この著者の作品はあらすじを書くことが困難でありながら、無理に書いたとしてもあまり意味がないと思うのですが、一応書いてみます。
あらすじ:いなくなった飼い猫を探すうちに、妻もまた姿を消した。謎の人物たちとの出会いや奇妙な体験を通して、妻の内面や過去、さらには戦争の記憶や暴力の問題に向き合うことになって・・・という話。
ほらね、だから意味がないと言ったでしょう?
「猫を探す」→「妻を探す」という目的こそ序盤からありますけど、物語の方向性がまるで見えてこないので、話にまったくノレずに読むのをやめたことを思い出しました。
しかし今回は番組を見て、全体の話の流れを把握してから読んだことで、ノレなかった序盤を乗り越えました。やれやれ。
村上春樹の初期作品は個人の内面に閉じた物語でしたが、本作から外部の世界の問題と向き合う方向へと舵を切り始めました。
その方向転換も当時は受け入れられなかったものですが、自分もまた作品を作る側となって同じような方向転換を余儀なくされたので、遅かれ早かれその変化は必然だったことは実感できます。
私も当初は現実逃避としての音楽だったのに対し、次第に現実のお客さんに向けたライブ映えを意識した曲も数多く作るようになりましたから。
そのような心境の変化に伴って、ほとんど別人と言ってもいいくらいに自分自身が変化したので、主人公が窮地に立たされた時に「あなたが捨てようとした世界や、捨てようとしていた自分から、仕返しをされている」と言われるセリフにドキリとしてしまいました。
本作では「現実世界の暴力」と向き合ったことから、内容もややグロい暴力表現も見られますし、いつも以上に性的な描写も多かった気もします。
しかしそれらのシーンには必然性が感じられたので不快ではなかったですし、むしろそのおかげで作品が特別なものになっているようにも感じられました。
2020年にこれ以降の作品を一気読みしたことがありましたけど、各作品に散りばめられていた要素はすでにこの作品にすべて入っていたような印象。
というわけで、本作は村上春樹作品の中で一番とっつきにくく感じましたけど、最高傑作との呼び声高いのも納得できる作品ではありました。
村上春樹を読んだことがない人が最初に読むべきはこれじゃないとは思いますが、2作目以降にはおすすめです。






