Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常


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カムイの世界: 語り継がれるアイヌの心 (とんぼの本)

 

『カムイの世界 語り継がれるアイヌの心』 堀内みさ・堀内昭彦著 2020年

 

 

これまでも何冊かアイヌの本を読んだり、アイヌのアーティストの作品展に行ったりしたことはありましたけど、正直まだまだ理解ができていないというか、容易に近づけない大きな壁があるのを感じていました。

 

ご夫婦で書かれたこの本には、写真家の旦那さんによる綺麗な写真がたくさん載っています。(新潮社のサイトに試し読みページがあったので興味のある方はどうぞ。実際はもっと人物が写ってる写真が多いんですけど。)

 

アイヌでもなく研究家でもない人たちが書いた本ということで一抹の不安を感じながら読み始めたのですが、むしろ外部の人間が書いたからこそ、それだけ分かりやすかったです。

 

知れば知るほどアメリカ先住民と考え方がそっくりで、目に見えないカムイを畏れ敬っていることが改めてよく分かります。

 

特に火のカムイ(アペフチカムイ)はアイヌにとって特別身近なものらしく、人間の言葉が分かるのは火のカムイだけらしいです。祈りの時に火を焚くのはそのためで、他のカムイと人間の仲介をしてくれる存在とのこと。

 

また料理の際にもまず火のカムイへの祈りで始まったり、誰かが食べ物をこぼした際には「床のカムイが飲みたがっていたんだね」と言ったり。

 

現代では宗教は根拠のない迷信とされる傾向にありますけど、人間が社会を円滑に運用するために発明されたのが宗教という概念なのではなかったのか、それをまた科学の発達により退けてしまったのは人類にとってあるいは不幸なことではなかったのか、とも思いました。

 

狩猟に際しては、「獲物がうまそうと思ったら獲れ。かわいいと思ったら殺すな」という教えがあるそうです。最近では採りすぎて魚が激減しているというニュースもしばしば聞きますが、切実に欲しい分だけ採ればいいものを獲物をお金としか見ていないことで採りすぎてしまうのかもしれませんね。

 

 

 

この本はアイヌ文化の表面的なところを撫でているだけという気もしないではないものの、これ以上ディープなことを知りたければもう現地に行って実際に彼らと交流するしかないのでしょう。

 

アイヌ文化の入り口としてはオススメです。

 

 

 

 

しかしアメリカ先住民の村に行ったときにも感じたことですけど、彼らに対する憧れにも近いリスペクトの気持ちはあるものの、「書くのではなく聞いて覚えろ」とか「伝統に勝手なアレンジをするな」とか聞くと、自分が根本的に現代的な価値観に染まっていてどう頑張っても彼らのようになれそうもないということを知れば知るほど思い知らされます。

 

日本でも先住民の社会でもアウトサイダーでしかいられないのであれば、自分は自分らしくあるほかはないーーそうして今の私や私の音楽が生まれたのです。

 

順調に育っていたフランソワくんですが、ある日葉っぱが全部枯れてしまいました。

 

28日目に土に移してあげたのになぜ? と思って掘り返してみたら、ニンジン本体がもう土に還って消失していました。

 

 

実はこの間に引越しをしたので、突然の環境の変化についていけなかったのかもしれませんね。

 

恐竜が絶滅したのも隕石の衝突による地球環境の急激な変化に対応できなかったためと聞いたことがありますが、人類も古き良き時代をいつまでも懐かしがっていないでコロナのもたらした変化に嫌でも適応していかないと生き残れないのでしょう。

 

 

そんなわけで残念な結果に終わりましたけど、電通さんに映画化してもらうかな。

 

黒死館殺人事件 (河出文庫)

 

『黒死館殺人事件 小栗虫太郎著 1935年

 

 

『黒死館殺人事件』は夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井英夫の『虚無への供物』とともに「三大奇書」と呼ばれる一冊。推理小説でありながら推理小説であることを拒むアンチミステリーだそうです。

 

本作は連続殺人事件に探偵が挑む話なのですが、なにが奇書なのかといえば、犯人及び探偵の神秘思想・占星術・異端神学・宗教学・物理学・医学・薬学・紋章学・心理学・犯罪学・暗号学などの夥しい衒学趣味が溢れていて、推理小説の部分よりもよく分からないウンチクの比重の方がずっと大きいのです。

 

文章も専門用語やルビが非常に多く、読みにくいことこの上ありません。

 

著作権が切れているため青空文庫でも読めますので、まずは冒頭部分だけでもちらっと読んで来ていただきたいです。

 

→青空文庫

 

 

・・・ほらね? 「臼杵耶蘇会神学林うすきジェスイットセミナリオ」だの「ボスフォラス」だの、出だしからいきなり怪しい固有名詞の波状攻撃ですよ。驚くべきことに、この調子が最後まで途切れることなく続くのです。

 

『ドグラ・マグラ』が「読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」と言われていましたけど、そのキャッチコピーは本作にこそ相応しいのでは。

 

目で字面だけ追って内容がほとんど頭に入ってこない箇所が多々ありましたけど、この独特の雰囲気は決して嫌いではなかったので一応最後まで読みました。

 

たぶん厨二病気質の人間にはこの理解しがたい雰囲気がむしろ格好よく感じるのだと思います。まともに理解しようとする人は序盤で挫折してしまうのではないでしょうか。

 

最後まで読んだところでどっと疲れるわりに得られるものは何一つなかったので、これ以上読む必要がない本はこの世界に存在しないのではないのかとすら思いましたけど、本作を面白がって読むような変態とは友達になりたいです(笑)。

 

ちなみに私が読んだ【新青年版】には1970年以降「黒死館語彙」の蒐集調査を続けているという山口雄也氏による夥しい注釈が付いていて、これまた変態的な執念を感じました(褒めてます)。

 

 

あとは『虚無への供物』を読めば三大奇書を制覇できるので、頑張って読んでみようかな。まあ制覇する意味も必要もまったくないんですけど。

 

 

 

 

古典を漫画化する「まんがで読破」シリーズのラインナップに、なんと本作もありました。

 

このシリーズは過去に何作か読んでみたことがありましたけど、話の筋が分かるだけで古典の持つ深みはまったく伝わらなかったので、手軽にこんなもんを読んだからといって読破した気分にならないで欲しいなぁ、と思っていました。

 

しかし話の筋すら把握するのが困難な本作は、漫画にする意義が他のどの作品よりもあるのではないでしょうか。あの内容をわずか190ページの漫画にすること自体がほとんど奇跡です。

 

本作に興味を持たれた方はまず漫画版から読むのがオススメ。三大奇書などと言われるくらいですから、これ以上奇妙な作品にはめったにお目にかかれないですよ。