Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常


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ブログに書かなかったシリーズ、第11弾。

 

最近はほとんどずっとヘルマン・ヘッセばかり読んでいたのですが、ブログでヘッセの作品を紹介し続けるのもしつこいかなと思ったので、このコーナーに詰め込んでみました(笑)。

 

おかげで今回も名作揃いのラインナップですよ。

 

 

 

『メルヒェン』 ヘッセ著 1919年

 

ヘルマン・ヘッセの書いた創作童話の短編集。

 

9編収録されていますが、とにかく冒頭の「アウグスツス」が名作すぎます! 

 

子供のために一つだけ願いが叶えられると言われた母親が、「誰からも愛される人になりますよう」と願い、それは本当に叶えられました。しかし子供が成長すると・・・というお話。

 

「アウグスツスは、世界をさすらい、何らかの形で人々の役立ち、自分の愛を示すことのできる場所をさがすことにきめた。」という一文が一番のお気に入り。これはもう、「人生とはなにか?」という問いの答えそのものでしょう。

 

45ページ程度の短い話なので、「アウグスツス」だけでも是非ぜひ読んでいただきたいです!

 

中盤以降の話は世界大戦・ノイローゼ・離婚を経たヘッセの内面が反映されているようなので、これも河合隼雄先生に解説して欲しくなりました。

 

 

 

 

 

『デーミアン』 ヘッセ著 1919年

 

そういえばヘッセの代表作『デミアン』を読んだことがなかったので探したら光文社古典新訳文庫にありました。また微妙にタイトルが変えられていましたが。

 

ヘッセがユング派の分析を受けた後の作品ということで、登場人物のすべてがヘッセの分身という印象。

 

孤独で、弱く、いつも導き手を探している主人公が過去の自分とそっくりで、思春期に読んでいたらドハマりしていたであろうこと間違いありません。その頃に読まなかったのが幸なのか不幸なのかは今となっては分からないですけれども。

 

新訳のせいもあるのか、まるで村上春樹を読んでいるようにも感じました。まだ読んでいないハルキストの方がもしいたらオススメしたいです。

 

 


 

 

『クヌルプ』 ヘッセ著 1915年

 

ヘッセの他の著作同様、放浪癖のある主人公のお話。

 

行く先々で「一つの場所に止まって所帯を持てばもっとマシな生活を送れるでしょうに」と言われますが、彼の明るいキャラクターは出会うすべての人々に憧れとなぐさめをもたらします・・・まるで寅さんですね(笑)。

 

最後は雪の中で孤独に死を迎えますが、その直前に神さまと対話してありのままの自分の人生を肯定するシーンが美しいクライマックス。

 

ヘッセは次作の『デミアン』から心理分析を投影した複雑な物語を書くようになりますが、それまでは本作のように儚くも美しい物語を得意としていました。

 

魂の赴くままに放浪するクヌルプと『知と愛』のゴルトムントのキャラクターや話の展開はよく似ているのですけど、前期に書かれた本作と後期の『知と愛』を読み比べると作品の質の違いが分かって面白かったです。

 

 

 

 

 

『本当は危ない国産食品』 奥野修司著 2020年

 

農薬の危険性と実情を教えてくれる本。

 

外国産よりも国産野菜のほうが安心・安全なイメージがありましたけど、海外で禁止されている農薬が使用されていたり諸外国と比べても日本の規制はかなり緩いとのこと。

 

なんと水道水からも農薬が検出されるらしいですが、なんでこんなことになったのかといえば「アメリカからの要求を全て受け入れているから」。

 

この手の本は読んでいると「じゃあ食べられるものがもう無いじゃん」と思ってしまうので敬遠していましたが、国が守ってくれない以上は自衛するほかなく、また安心な食品を作っている生産者さんを区別して応援する意味でもやはり学ぶことを止めるべきではないですね。

 

 

 

 

 

『さあ、気ちがいになりなさい』 フレドリック・ブラウン著

 

星新一が影響を受けたという、ショートショートで有名なアメリカ人SF作家の傑作短編集。なんと星新一さんが翻訳していました!

 

ブラウン氏の作品を読むのは初めてでしたけど、過去にさんざん読み倒した星先生の文章なので懐かしいという不思議な感覚。

 

奇抜なアイデアと意表をつくオチという点は星新一作品と共通していましたが、固有名詞がたくさん出てくるのとハラハラさせるサスペンス要素が意外と強かったので、どこかほのぼのとした雰囲気を醸し出していた星作品よりも現実感が強いところが違いでもあり魅力でもありました。

 

星さんの名作『ノックの音が』のアイデアの源泉である「ノック」が収録されていたことが何より嬉しかったですけど、表題作が一番面白かったかな。星先生のファンでまだ読んでない方がいたら超オススメです。

 

 

 

近年になって短編全集(全4巻)が出版されていて、翻訳は星先生ではないですがこちらも読んでみたいです。

 

 

「100日後に死ぬワニ」が「100日間生きたワニ」とタイトルを改めて映画化するそうですね。電通の件で大炎上したこのコンテンツが再び息を吹き返すことができるのでしょうか・・・。

 

いっそ「100日後に炎上したワニ」みたいな自虐的なタイトルのほうが良かった気もしますが。閑話休題(それはさておき)

 

 

先日ある人から「胴切りしたサボテンはまだ生きているのか?」と質問されたので、もしや気にしてくれている方が他にもいるかと思って投稿します。

 

 

 

まるで何事もなかったような涼しい顔。

 

胴体をぶった切った本人としては生き延びてくれて嬉しいと同時に、「なんでまだ生きているんだ」という畏怖の念も(笑)。

 

生命の持つ神秘的なまでの力強さを毎日見せつけてくれます。

 

 

ところでサボテンって漢字で書くと「仙人掌」だと思っていましたが、「覇王樹」とも書くんですね。

 

そう言われると、土の中から覇王が「我が生涯に一片の悔い無し」と腕を突き出しているように見えてきました。

 

 

 

 

文庫 人は成熟するにつれて若くなる (草思社文庫)

 

『人は成熟するにつれて若くなる』 ヘルマン・ヘッセ V・ミヒェルス編 1995年

 

 

ヘッセが年を取ること、成熟することがいかに素晴らしいかについて語った文章や詩を集めたもの。

 

作品の性格としてはナンシー・ウッドの『今日は死ぬのにもってこいの日』と似ています。

 

 

お釈迦様が生・病・老・死を「四苦」と呼んだように、老いることも含めて人生の本質は苦しみであると思いますが、同時にそれらの苦しみをいかにポジティブに捉え、和らげるのかというところに人生の妙味があると思います。

 

 

「簡単に言えば、老人として自分の目的を果たし、自分の使命に恥じない行為をするためには、老齢と、それに必然的に伴うすべてのものを受け入れなくてはならない。この肯定なくしては、自然が私たちに要求するものに従うことなくしては、私たちの年代の価値と意義ーー私たちが老いていようと若かろうとーーは失われるのである。」(p.83)

 

 

本作にはこのような至言がたくさん。

 

 

私などはヘッセが書いているというよりも彼の小説の主人公が年を取ってから書いた文章のように思えて面白かったですけど、ヘッセのファンでないと面白さは半減するかもしれませんね。

 

何冊か小説を読んだことがあるだけで本人のことを特に知っているわけではないですが、ヘッセの場合、強く自己を投影した人物の物語を書き続けたので、下手したらリアルな友人知人よりもよっぽど内面を理解しているような錯覚を覚えてしまうのですよ。

 

 

本作で一番印象に残ったのは、一人の若い男性から「人生に意義はあるのか? それともいっそ頭に銃弾を撃ちこんだ方がよいのか?」という手紙をもらうエピソード。

 

ヘッセは返事を色々考えるうちに、『ユング心理学と仏教』にあったように相手が「『死にたい』という言葉でしか『生きたい』気持ちを表現できない」ことに気付くあたりは見事だと思いましたけど、しかしよく考えたら自殺の危機を乗り越えたヘッセにわざわざそのような手紙を送ってくる時点で手紙の主がどんな答えを求めているかは明白でしたね。

 

 

ところでタイトルの「人は成熟するにつれて若くなる」は本文から取られたフレーズではありますが、基本的には若くいることが良いわけではなく、年をとることを受け入れ、味わい、楽しむ哲学の書かれた本だということは一応申し上げておきます。

 

しかし今の私にはまだ早すぎた感じもするので、20年か30年か後にもう一度時間をかけてゆっくりと読み直したいなと思いました。

 

 

 

 

あとがきによると日本とアメリカではヨーロッパの作家の中でヘッセが最も多く読まれたということですけど、皆さんそんなに読んでるんですか?