『本心』 平野啓一郎著 2021年
あらすじ:舞台は、「自由死」が合法化された近未来の日本。AIやVRの最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子は、自由死を望んだ母の本心を探ろうとする・・・という物語。
あらすじを見て「つまらなそう」と思ってしまい、正直読みたいという気持ちが湧かなかったのですが、『ある男』、『マチネの終わりに』、『決壊』と三冊読んでそのすべてが傑作だった平野啓一郎さんの現状での最新作がつまらないわけがなかろうと思い直して読んでみました。
結論から言えば、本作が平野さんの最高傑作でした。氏の著作のすべてを読んだわけではないですけど。
私はそもそもSFがあまり得意ではなくて、というのも「この作品内ではこういう状態が常識となっている」という設定を飲み込むのにいつも苦労するからで、本作の主人公の「リアル・アバター」という職業であったり、母親のVF(ヴァーチャルフィギュア)を作るという設定がある段階で抵抗があったのですよ。
しかしそれらの設定は決して突飛なものではなく現在すでにあるテクノロジーの延長線上にあるもので、2040年代の世界では普通に普及しているかもしれないと思える程度のものでした。
というか平野啓一郎さんの何がすごいかといえば、どの作品でも本当にこんなことがあったのではないかというほどリアルさを感じるところです。
私が思うにこの作品のキモは、VFなどの設定よりも社会の格差。
近未来の世界では今よりもっと貧富の世界が広がっていて、「自由死」が認められている理由も、経済的に自立できない人は社会に迷惑をかける前に自ら死を選んでほしいというのが政府の「本心」であるからのように読み取れました。
主人公の母が自由死を望む理由を「もう十分、生きたから」としか主人公に語らず、そのせいで主人公が母の本心を知りたくてVFを制作するところから物語が始まるわけですが、読み進めると母親は私と同じロストジェネレーション世代であり、不必要な人間はいなくなってほしいという社会からの無言の圧力を受けていたのではないかというくだりも。
私は「もう十分生きた」という気持ちも理解できますし、そういう制度があるなら自分も自由死を望むのではないかと共感しながら読んでいましたけど、そう思うように誘導されていたとは考えたことがなかったので慄然とさせられました。
このように社会背景がリアルというだけではなくて、さまざまな出来事が並列して発生することで事態が複雑化するというところが平野作品のリアルさなのでしょうね。
あと登場人物がみな複雑な内面を持っているのもリアルさの理由でもあり、大きな魅力でもあるのですが・・・これ以上の予備知識を入れずに読んでいただきたいので、この辺にしておきます。
正直ここ数年、本を読んで大きく心を動かされることがほとんどなかったのですが、平野啓一郎さんの作品に出会えてからまた本を読むのが楽しくて仕方がないです。
皆様も読む本に迷ったら、ぜひ。