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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常


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アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)

 

『アマテラスの誕生 古代王権の源流を探る 溝口睦子著 2009年

 

 

この前読んだ『アースダイバー 神社編』に、ヤマト王権時代に最高神だったのはアマテラスではなく「タカミムスヒ」という今では忘れられた神だったという、聞いたこともない話がさらっと書いてあってびっくり。

 

そしてそのことが溝口睦子氏の著作に書かれているともあったので、早速読んでみました。

 

 

「好太王(広開土王)碑」の碑文によると、400年と404年に段違いに先進国であった高句麗との戦いで倭(日本)は大敗しています。当時の日本はまだ豪族連合の段階で、軍全体を総括する指揮者もいませんでした。

 

この大敗を契機に国の体制を統一王権に移行する改革が行われ、その一環として高句麗から建国神話を取り入れました。

 

それまでの日本の神話は多彩な男女の神々が奔放に活躍する多神教的世界でしたが、統一王権に権威を与えるために男性的な唯一絶対の権威を持つ神様が必要とされたのです。それがタカミムスヒであり、天孫降臨神話です。

 

ちなみに高句麗の神話体系は北方ユーラシアのものであり、中国のそれとはまた違うようです。中国では天から「めい」を受けた有徳の為政者が天子になるのに対し、日本や北方ユーラシアでは天と血縁関係にある者が支配者になります。

 

 

かくして日本には新しく輸入された神話体系と、イザナギ・イザナミ系の土着的な神話の二つが存在してしまうことになり、それらを無理やり一つの物語として統合したのが『古事記』なのです。

 

二つの異質な神話を結びつけるために作られたのが、イザナギ・イザナミ系の主神であるオオクニヌシが外来神のタカミムスヒに国の支配権を譲るという「国譲り神話」です。

 

ところが支配権を譲られたはずの天孫はオオクニヌシとは関係のない九州に降り立ち、大和まで多くの敵を倒しながら長い旅をします。その中でオオクニヌシの「オ」の字も語られないのは明らかにおかしい。

 

一体、国譲りとはなんだったのか?

 

著者によると、これは建国神話がで国譲り以前にすでに出来上がっていたことから生じた矛盾であり、神話の制作者に辻褄合わせをする余力がなかったのであろうと推測します。

 

 

 

いやぁ、面白いですね。日本の古代史や神話に興味のある方は『アースダイバー 神社編』とセットで是非読んでいただきたいです。

 

 

ところで「アマテラス」という名称は7世紀末になってから付けられた名前で、本来の名前は「ヒルメ(日女)」あるいは「オオヒルメ」でした。

 

「天照らす」とは太陽にかかる枕詞のようなものなので、「天照大神」という名前は単に「太陽神」という意味でしかないようです。

 

一方、「オオヒルメ」は「日のおばさん」といった親しみの込められた名前だそうで、アメリカ先住民が天を父、大地を母、月をおばあさんと呼んでいる感覚に近かったのが興味深いです。

 

 

 

 

本日は土屋グループ銀座ショールームにて、サロンコンサート「愛と祈りの音インディアンフルートと植物のうた」を開催いたしました。

 

タイトル通り、植物の声を聞くデバイスBambooを使用して、自宅から持参したガジュマルとセッション。

 

植物って人間には思いつかないようなランダムな音を出してくるので、何度やっても宇宙人と一緒に演奏しているような不思議でチャレンジングな体験です。

 

 

ところで今日は大失態を演じてしまいまして、インディアンの祈りの言葉を朗読中に号泣してしまいました。

 

というのも、活動初期に人前で話をするのが致命的に苦手だったので山地洋子さんという朗読の先生にレッスンを受けていたことがあるのですが、その先生がつい先日お亡くなりになったのです。

 

葬儀は家族のみで執り行うということだったので、ご遺体が荼毘に伏される前に先生のお宅に伺い、お別れの挨拶をさせていただきました。

 

お顔を拝見したら何年もお会いしていなかったこともあり、私が知っている先生のお顔ではなく、髪は白くなり、だいぶ痩せていたことに、亡くなった悲しみをも上回る衝撃を受けたのです。

 

洋子先生には「祈りの言葉」を題材にレッスンを受けていたこともあったので、朗読している最中に棺の中で眠る先生の顔が急に浮かんできて、遅れてやって来た悲しみが溢れてしまったのでしょう。

 

ステージ上で個人的な感情に支配されるとはプロ失格だとは思いますけど、思い返せば先生には「感情を声で表す」というレッスンを受けていたので、人前で感情を表す最後のレッスンを授けに来てくれたのかなと勝手に解釈することにしました。

 

皆さんもなんで私が急に泣き出したのか分からずに戸惑ったことと思いますけど、珍しいものが見れたと面白がっていただければ幸いです。

 

お聴きいただいた皆様、洋子先生、ありがとうございました。

6月11日に鎌倉で、煎茶道・黄檗売茶流の師範、唐木岱仙さんをゲストに招いてライブをやります。

 

先日、一緒に会場の下見に行きました。

 

 

唐木さんとは、2013年に新橋で私のソロライブのゲストとして来ていただいたり、和歌山の唐木さんのお茶会にゲストで呼んでいただいたりしましたけど、それ以来、実に9年ぶりの再会。

 

唐木さんは関西にお住まいですが月に一度鎌倉にお茶を教えに来ているので、鎌倉で演奏する機会にいつかまたご一緒したいと思っていました。しかしコロナ禍があったとはいえ9年も経っていたとは。

 

子供は数年会わないと見違えるほど成長しているものですけど、この年になると9年ぶりでもお互いの印象はさほど変わらず。

 

「茶人」という存在は私にとってちょっとミステリアスというか、寡黙でいてとてつもなく深い世界を秘めているような唐木さん独特のオーラは相変わらずでした。・・・ミュージシャンという存在も他人からはそう見えているのかもしれませんけど。

 

実際、私は唐木さんのお手前の時の空気感に自分の世界観とどこか共通点を感じているのです。

 

「煎茶」と「インディアンフルート」のどこに共通点があるのかと疑問に思われることでしょうけれど、こればかりは体験していただかないと理解してもらえないだろうと思うので、お時間のある方は是非鎌倉に足を運んでください。

 

 

ライブ情報はオフィシャルサイトにてご覧くださいませ。