在留外国人数
↓ 令和7年6月末
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00057.html
<地元では。>
去年の6月の集計データです。私の住んでいる地方は外国人労働者が多い。早朝(5時・6時から自転車で通勤しているのを見かけます。土日関係ありません。日本人より良く働きます。)以前、田舎で集団で昔の建物に多くの中国人の方が集団で住んでいた時期もあります。
う~ん。そんな風景を見たのは、20年ぐらい前でしょうか?コロナ禍で減少しました。外国人労働者がコロナ禍明けで一気に戻ってきています。現在の日本の製造業を支えているのは彼らです。
彼らは一様に若い。元気で明るい。前向きです。活力があります。身の回りで、笑顔が絶えないような日本人はいったい何人いるか数えてみてください。(結構疲れている人が多くないですか。)東南アジア諸国の人が日本に観光客としてきている理由をよく考えて見た方が良い。彼らはお金持ちです。経済も右肩上がり。(もっともその基盤を作ったのは日本ですが)昔の常識はもはや非常識と言ってよいでしょう。個々人が優秀でもそれを国家が評価しないような国、日本では、いくら努力しても報われないのです。(対価は大切です。多くが労働搾取されています。人材派遣などその典型)
若い人のチャレンジ精神を削いでいるのは大人ではないでしょうか?
<観光客>
上記の数とは別に観光でやってくる外国人数も数えると
日本テレ
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4200万人/年 年々増加しています。
BiZ
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<中国からの観光客>
中国からの観光客は大幅に減りましたが、観光には大きな影響がなさそうです。むしろ、現在のオーバーツーリズムを和らげてくれる効果があったように感じています。(クッションの役割を果たしています。)観光客と言っても客層が明らかに異なります。(裕福層とそうでない観光客とでは振る舞いが全く異なります。)一昔前の爆買いは過去のものです。裕福層は日本の億ション・土地・文京区の土地など買いあさっています。日本に住むにしても上を目指しています。それでも、中国政府が日本に行くなといえば従う辺りは、国民性が感じられます。(民主制ゼロの国です。)事実、私の近くのホテル。連日のようにリムジンバスが来て中国人観光客が来ていましたが、現在皆無です。
日立財団
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移民社会について詳しくかつ、わかりやすく解説されています。日本に永住する移民の人の数は大幅に増えているのがわかります。(国もその実態はつかめていないでしょう。)
<外国人観光客による車の運転>
自民党
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今更感はありますが、去年の10月からようやく厳罰化です。多くの死者が出ないとこの手の法律は変わらないのが現実です。多くの法律改正が必要でしょう。行政府の役割は重い。
<日本の製造業>
正直、日本の製造業から外国人労働者をなくしてしまったら産業自体が成り立たなくなります。現在日本の高等学校にも多くの永住者の子供達が通っています。大切なのは教育でしょう。(正直、日本の公教育が外国人の子弟の事まで配慮しているとは思えません。)
<ヨーロッパ 特にドイツの失敗>
日経
↓ 2018年12月19日
今から8年前の事です。まだそんな昔ではありません。その当時ですら、メルケル政権は甘い幻想を抱いていました。外交においては、ロシアと妥協すればうまくいく。既存産業も新エネルギーという名の下作り替えれば良い。(石炭など既存産業は廃止)理想論が強すぎますが、ドイツ人は頑固です。一度考えを固めたら修正が効きません。
東洋経済
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この人の行動は、以前ブログ詳しく解説しているので、今回は省きます。(多くのEU諸国が移民規制を行ったのは反対の政策を取ったのは周知の事実です。(そのために、犯罪者によって多くのドイツ人が被害に遭っています。))現実を無視した理想に走って、挫折した現在のドイツを立て直すのは容易ではないでしょう。(原子炉を自国に作らず安全を保って他国(フランス)の原子炉からのエネルギーを使用するって身勝手な発想です。)
bloomberg
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https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2021-08-23/QY90WVT0G1KX01
結局空振りです。「ノルドストリーム2」はメルケル政権時代の遺産です。
BBC
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こんな犯罪を見逃していてはドイツ国家(統治としてのガバナンス)が崩壊するでしょう。ドイツのメルケル政権は理想主義過ぎたのです。この事件に関しての言い訳は通用しません。
JETRO
↓ 2024年4月16日
ショルツも同じ事をやっています。ドイツの製造業を骨抜きにして中国産の車に、本国のドイツですら市場を支配されています。単なる製造業のノウハウだけでなく、設計・工程管理 あらゆるシステム管理を中国に惜しみなく与えてしまった結果です。それぐら前のめりになったドイツと中国の関係は簡単には切れないでしょう。(EUは決して豊かな国ばかりではありません。機関車役のドイツですら失速しています。)中国の買い入れ額は桁違いですから。。雇用を考えれば無視できないでしょう。
Jetro
↓
中国の自動運転開発は世界を席巻しつつあります。ドイツとの協業は中国産業に大きなアドバンテージを生み出しました。
日経
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企業のシステムにも大きな変化が起きています。対応できない企業は市場から消えていくのでしょう。それぐら昨今の特にビジネスソリューションの動きは流動的です。ドイツの国家的企業SAPも今後は大きな見直しが必要でしょう。多くの産業で劇的な変化が起きていますのです。一歩国の政策を間違えると国家の存亡に関わります。
<政治家>
100年以上の先が見通せる人でないとその職に就いてはいけないと考えます。短期的な利益に走る政治家など不要。まして、教育を軽視してすべて無償化するなどという現在の方針はまともとはいえません。現在多くの国が職業教育を重視しています。北欧などはその典型です。職業訓練校は人気が高いのです。タブレットによる学習も多くの国で見直されています。(日本だけタブレット教育を義務化しています。)
++++ ここから教育についての話です。 興味が無ければ無視してください +++++
<職業教育>
手に職をつけなければ生きてはいけないのです。日本では、そんな辺り前の事すら無視されています。普通科高校では、職業について真剣に学ぶことは不可能でしょう。(受験教育の弊害)学歴が紙切れになった現在、高等教育を、全員に学ばせる事は意味がありません。人間には、個性があり適正があるからです。金太郎飴のような人材ばかり作ると、その人たちの行き場がなくなります。GoogleやMSが優秀なツールを多く提供しています。若い人達は、無償のツールを使い学習をしています。もはや公教育は時代遅れなのです。(時代にマッチしていません。おまけに実験などの時間は大幅に減らされています。)
<現場では、>
・総合的学習の時間がもうけられていますが、うまく活用できている例は見たことがない。(時間の無駄)実社会での厳しい体験を語れる教員など、ほぼほぼ皆無だからです。
・「情報」教科が増設されましたが、まともに教えられる人は何人もいません。プログラムすら組んだ経験のない、ネットワークを理解していない人が教えているのが実態です。(学校ではプロは嫌われます。=修理屋的なさげすんだ眼で見られます。彼らは自分たちの理解できないものは排除しようとします。)
・数学では未だ、仮説検定が主流ですが、既に時代遅れです。(私の高校時代でやっていた事です。)フィッシャー検定ぐらいはやってもらいたい。χ2検定 t検定 本来 統計は使用する事案によって検定手法を選びます。これでは生成AIの理解など夢のまた夢です。
<現代という時代。>
ちょっと話がそれました。学校での生徒をよく観察すると、学校で教えただけの勉強をするタイプと、興味があった分野を自ら学習する生徒に分かれます。当然、後者の方が少ない。学習は、興味・関心がある方に向きます。あまりに抽象化すると学習に支障を与えます。現在の教科書や参考書は、過去に優れた、熱い思いを持った先生型が真剣に作り上げたものです。(=その人の理念・思想が入っています。)
多くの教科書や、参考書も昔のものと比較すると、劣化していることが判ります。ハウツー本が増えて、一番最初に作った時の理念の思想が受けつがれていないからです。オリジナルを改版し続けても、いつまでたったもオリジナルを超える事はできません。(所詮模造品です。)
<地道で愚直な姿勢は大事>
愚直なまでに真剣に、取り組む人が減った気がします。多くの先生型がサラリーマン化しています。あるいは、受験ノウハウに特化しています。大学受験は大切ですが、大切なのは、どの大学に入学したかではありません。トップ校に入るこという事が学閥に強く縛られるという事を意味します。(母校の批判はできないのです。=神格化されます。)
その現実を早く知って、早くから自分の道を切り開いた人に取っては未来はとても明るいと確信して言えます。それぐらい、現代社会は恵まれています。未来への可能性を奪っているのは自分自身です。一番必要なのは「動機」です。最近の社会構造はその「動機」すら奪う危険性をはらんでいます。実際に、多くの優秀な人は現実に失望して離職して、新しい分野で花開いていきます。
<救いは必要。>
今の日本に本当に欲しいのは、やり直しの教育の機会を与える機関(一時的な待避所でも良い)です。(本来は厚労省の管轄のはず。)失敗してもやり直せる。日本では可能です。国がやらないから、多くは民間がやります。(ただし偽物も多いので要注意です。)志あるところに人は集まります。若い人の有利な点は多くの時間が残されている事です。人生いくらでもやり直しはできます。若い人には、本物の教育を与える必要があります。
<人間性の復活を>
その意味では昔の日本はもっと余裕があったと感じています。少なくとも人間が主役の社会でした。現代社会は人間性を排除する傾向があります。その先に待ち受けているものは、、没個性。尖った人材を排除。汎用化。いずれも人間には厳しい社会です。未来へのバトンを渡すのは人です。機械ではないのです。








