嬉しかったメール | 幸せの散歩道

幸せの散歩道

2009年生体膵腎同時移植手術をして、普通の人と変わらない!と言われるまで元気に楽しい毎日を送れるようになりました(^-^)旅行等好きなことを好きなように楽しめるなんて本当に幸せ!散歩道を歩く中での出来事等を綴っていきます。

最近は体調が悪いせいかいつも鬱な気分になってしまう。

一日のうちでも心の重さは酷く重かったり、比較的楽になったりして

浮き沈みが大きい。


心は何処にあるのか全くわからないけれど、重苦しいときは

胸の辺りが本当に重くて頭の中がごちゃごちゃになって、すごくに不安定になる。

時には突然泣いてしまったりすることもある。


心に思っていることを全部吐き出せる人に巡り会えたら・・・

とても気分が楽になるだろう。

でも出会いの機会がほとんど無い今、私の外とのつながりはPCの窓だけ。

前は全くすることはなかったけれど、あるHPに足跡を残したり、

少しでも悩みを共有している人なのではないかと思う人にはついメールを出してしまう。

今はそうすることでしか人と出会う機会は全く無い。


そんな中、昨日ある病院のHPをみつけ少しでも何かの情報を教えてもらえるかも

知れない、もしかしたら何か移植についていい情報が聞けるかもしれないと思って

思い切ってメールを出してみた。


正直、あまり良い返事は期待してなかった。


しかし、自分でも思っていなかった返信がすぐに着ていた。

すぐに返事がもらえるとは全く思っていなかったのに、迅速に対応をしてくださり、

メールだけでなく私の質問した事にはご親切に電話で説明をしてくださるという。


んなにご親切な内容のメールがもらえるとは全く思っていなかったので

わらを掴むような気持ちでいる私には本当に有難い嬉しいメールだった。


今日は透析日で夜は透析があって電話に出ることが出来ない事と

透析以外の曜日なら出られるのでよろしく御願いしますと

早速返信メールを書いた。


一体どういう先生なんだろう・・・?

どんなことを聞かせていただけるのだろうか。

何かひとつでも私の道が開けることが聞けたらと期待してしまう。


私はこういうことがあると必ず期待せずにはいられなくなってしう。

今度こそ苦しみから逃れられる道が見つけられるかもってどうしても期待をしてしまう。


それがいけないのだろうか・・・期待を裏切られたような結果になることが多い。


医療関係者は何かあったらなんでも言ってねという人が多いが、

それを信じて何でも打ち明けようと悩みを話すとだいたい

「そうだねぇ」とか「辛いよねぇ」で終わってしまう。

「頑張って」ばかり言われることもある。


自分なりに頑張っているつもりで、それでも苦しくてどうしようもなくて

この人になら悩みを言ってもいいかもと思える人に言っても・・・


相手もどうやって答えたらいいのかわからないのだろうし、

きっと言う言葉が見つからないのだろうけれど、結局は私が悩みを話しても

一人相撲みたいな感じで終わってしまうことがほとんどだ。


抱えている悩みや苦しみははやはり自分でどうにかしなければしょうがないのかもしれない。

自分でどうにもならないからと他人に少しでも楽になるヒントをもらいたいと思う。

でも、この他力本願な様な気持ちが間違っているのだろうか。


そのうちに悩みを話しても「またか」」と言う感じで受け取られるようになるのか

話を真剣に聞いてくれるとは感じれなくなってくる。

私も話しても仕方がないんだな・・・と諦めてしまうことが多い。


この世の中に本当に心までケアをしてくれる医者や医療スタッフはいるのだろうか?

私が出会っていないだけなのだろうか。

心から信頼できる医師に出会っている人々は

どのようにしてそういう医者に出会えたのだろうか。教えてもらいたい。


あまりにも苦しい日々か続いてくると死んだら楽になるのかな・・・なんて考えてしまう。


死ぬときは苦しいのだろうか?

痛いのだろうか?

市を何度も考えた事はある。


が、

こんな私をとても大切に思ってくれている両親のことを思うと死ねないし、

実行する勇気も私にはない。

こんなことは勇気とは言わないか。


でも今は近々かかってくる一本の電話に何か力をもらえるといいと思っている。

結果はどうなるのかな。