自分から可哀想な人にならないで | Liber Novus 真理の書

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問題がひとりで解決する事は絶対にない
誰もあなたに代わって闘ってはくれない
貴方だけの幸せの公式を見つけましょう。

今の方法で上手くいかないならせめて他のやり方を検討しましょう。
楽観主義でも、悲観主義でもなく、「現実主義者」になる為の真理の書

ご機嫌いかがですか?
(^-^)/


私の毎日の朝の日課は、NHKの朝の連続テレビ小説を観ることで御座います!

前のおひさま!も大好きでしたが、

リアル感のある、今回のカーネーションも沢山沢山学びがあり、大好きでした!



来週、最終回なんですね~~~~!
o(><;)(;><)o

ああ~~~、悲しい!(ノ_-。)



先日の回から、このカーネーションでとても心に残る事がありました。

いえね、主人公がもう80歳を過ぎて、通院している病院の依頼でファッションショーを行うんですよ。


モデルさん達は、職員さん達や患者さん。

その患者さんモデルの御一人が、末期の癌の患者さんなんですよね。



その患者さんに主人公は自分の事を話します。


歳を取ったら、身体も良く動かなくなるし、いつ死んでもおかしくない年齢なんだけど、この年齢になった時に、気がついた事がある。


歳を取って、今まで当たり前に出来ていた事が難しくなればなるほど、その当たり前の事をするだけで、



周りの人が喜んでくれる。
(^-^)/

つまり、歳を取るって事は、今まで当たり前だった事が、「奇跡」になる。


やっと

「奇跡」を世の中に起こせる「資格」がついたと言う事だと主人公はいいます。


そして、その末期癌の患者さん・・・・・・。

末期癌で、幼い2人の子供を残して逝かなければならないお母さん。。。



その状況のお母さんが、「笑顔」を見せるだけで、それはもう奇跡だと・・・・・・。


そう、奇跡です。

周りの人すら勇気を与えられる奇跡・・・・・。




死を恐れるのは、人間として当然の心の動き・・・・・。

悟りを開いた人間が偉いわけではない。


自分にとって避けられない危機的な状況の時、

人は



「奇跡を見せる資格」
を与えられる。


さて、でね・・・・・ここからが本題です。

一人一人の状況はその人しか絶対に解りえない事だと重々承知の上で申し上げます。

自因自果・・・・

自分がある種をまくとします。

大根を植えたら、大根が生えてきます。
そして、大根には「縁」、つまり、土や、水や、日の光や、それらをとりまく環境も必要。


でもね、大根がにんじんになるはずもないし、そうそう、前、コンクリートから生えてきたど根性大根

ってありましたよね?


たまたま、環境や状況がもしかしたら、厳しい所にあるのかもしれません。

ただね・・・・・、

それすら、自分でしか実は変化させる術はもっていないんです。


ましてや・・・・

自分でね、「奇跡を見せる資格」もないのに、自分を可哀想な人にするのはやめましょうよ?

それこそ、自分が可哀想じゃありませんか?(ノ_-。)

先日からの日記で、大人になる事の重要性を何度も書いております。

過去の日記:親教から脱しているか、いないか。
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11201201478.html
過去の日記:「大人」になるって人間としての自覚では?
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11200083370.html
過去の日記:貴方は凄いのかもしれません。なのに、何故今凄くないの?
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11190766369.html
過去の日記:大人になる事の重要性
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11191608706.html


今までも何度も書いてきましたが、子供の頃、子供と言う不完全な頃、全てが受け身で起こったことになんの責任もありません。

しかし、大人になったら、それらの不幸な出来事を引きずるも、消化して、自分のものにして、生きてゆくのも、



それは本人の「選択」になってきます。


つめたい事を言うようですが、本当に本人の選択・・・・・、なのです。


つまり、過去、可哀想な事があって、自分を可哀想な人・・・・・

とのレッテルを貼るのもその人の選択です。



いえね、良くあるんです。

「私は~~~~~~んなに大変で、~~~~~んなに辛い事がありました。 だから、(他人に)~~~~~をして下さい!」


いえね、本当に他人の助力が必要である事なら、心をこめて訴えれば、きっと周りの人も協力してくれるでしょう。


でもね、

こ~~~~んなに大変な事、は、「貴方が選んだ事」でしょ???
こ~~~~んなに不幸な事を引きずっているのは、貴方が選んでいるんでしょ?



そう思われていたし方がない方、いませんか?

そして、自分で何かを変化させる術は本当にもう一つもないのでしょうか?


この手の方々は、こ~~~~んなに大変な事があったからこそ、人生を変えるんだ!

と必死で自分の向き合っていらっしゃる方とは、全く似ていて非なる行動をいたします。


五体不満足で有名な、乙武 洋匡さん、

可哀想ですか?

確かに、他の人には当たり前にあるものが無い、という点はあります。
そして、我々にはその苦労は解りえない。


しかし、彼は我々に奇跡を見せて下さった方の一人ではないでしょうか?



本日のね、カーネーションを観て、とても感じたのですが、

貴方は今、本当に



「奇跡を起こす資格」がありますか?

貴方自身が、「持っていない」という「認識」の物は、本当に無い物ですか?


今持っている物で、使っていないものはありませんか?

そして、その今、持っている物は、永遠に貴方のものとにありますか?


今持っている物って、もしかしたら、それすら、自分の「認識」の元、簡単に失われるものかもしれません。


それらを再認識して、使えるうちにちゃんと適正に使い、大切にし、


コツコツと・・・


自分の出来る事を見つけて、ちょっとずつでもいい、
やってみましょうよ。
(^-^)/


人にはいつか、その「奇跡を起こす資格」が与えられる日がやってきます。

その時に、我々は奇跡を起こせばいいんです。


その資格を与えられるまで、心の筋トレをしながら、日々、当たり前の生活を味わって、楽しんで、それが当たり前で無くなる日に向かって歩きましょう!



あったかくて、優しい世界だって、つらくてみじめな世界だって作れますが、


自分が本当に望む毎日を手に入れることに対して、自分で責任を取って、たまにはちょこっと無理したり、たまには休息しながら一歩一歩。



でもね、そうやって得たものですら、心から愛する家族だって、お金だっていつかは保障された「死」によっていつかは失うものです。

その自覚があれば、今あるものに対して、心から、感謝することが日常になるかもしれません。


だからね、それまでは、もし、将来失われる物で、今当たり前の事があれば、それらが出来ている間は、我々は、決して、誰も


「可哀想な人」

ではないと、思われませんか???




人の保障された未来は、残念ながら、いつか「死」を迎えるって事だけです。


その決まった運命に向かった道を、どの様に歩むかは、本人次第。


誰も貴方の人生を作れはしません。

貴方の人生は貴方が舵を取っているのです。
そして、人は生きる上で、絶対に他人の助力がないと生きていけない。


深く感じてみて下さい。



では、本日はこの辺で~~~~!
ではでは!
(^-^)/

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