ちょこっとお金の事を中心に愛についても、あれこれ書いてまいりましたが、
私は、愛とお金はとっても誤解を生むもののNo1とNo2だと感じています。
この2つは、塩ととても似ています。
塩!
こんな話があります。
徳川家康があるとき、
「この世で一番おいしい物は何か?」
と、家来に聞いたら、ある人は酒といい、ある人はお菓子といい、果物と、各自が好みに応じて好きな物をあげたそうです。
家康は、評価していたお梶の方という局に同じ質問をしたら、
彼女は、
「一番美味しい物は塩でございます。」
と、きっぱり答えました。
そこで家康は、では一番不味い物は何かとさらに聞くと、彼女は、
「一番不味い物は塩でございます。」
と。
家康は、彼女の答えに感心し、彼女の聡明さを感心したそうです。
塩は味の素であり、あらゆる味を活かすものなので、一番美味しい物である。
しかし、塩は全ての味を殺すのも塩だから、一番不味い物でもある。
つまり、塩とは、さじ加減一つで変化する。
塩は味の材料に過ぎない。
だからこそ、これをこなすさじ加減こそ、重要という事なのです。
お金はエネルギーの代用品として、人間が便利な道具として作った物。
御自身がエネルギーの対価として得た物だという認識。
ましてや、他人のエネルギーは、自分が生み出した物ではないので、それらはさらに大切にする事が、
まあ、簡単に言えばコツみたいな物です。
とはいうものの、このコツは、今現在自然に使えてない人には、使えません。
何故なら、これは、道徳の様に、ある意味当たり前の事で、この当たり前の事が、出来ないから、
他人に迷惑がかかる時でも無頓着な行動を繰り返す。
遅刻とかを繰り返す。
約束を平気で覆す。
他人の行為を軽視する。
愛と自由を盾にいいわけを繰り返す。
口先では、謝ったり、感謝しても、上辺のあり方は、それにみあった行動と直結している。
別にマイペースが悪いわけではない。
しかし、他人のエネルギーを使うマイペースには、他人を巻き込んでいる事の自覚の中であり方を選ばないと、
ただの身勝手になる。
能力が、あるなしではなく、無い能力を他力でカバーする時、自身の無力さを知らないと、感謝など出来るわけがない。
私の知っているヒーラーさんで、御自身もおっしゃるのですが、
どんくさい!
方がいます。
何せ、スロー。
だけど、彼が、人様に迷惑をかけているのは見た事がない。
彼は自分が、何が出来ない事を知っているから、自分の出来ない部分は妹さんにこれらをカバーしてもらっていて、そして、多分妹さんだけでなく、沢山の人にカバーしてもらっていて、
それに心から感謝している。
だから、自身のプロとしての職業に花を咲かせて、沢山のクライアントさんに貢献して、そのお礼を心と形(お金)で、バランス良く得ている。
循環している。
ん、多分、ですが、
その方を私なりに見ていると、しっかりしたヒーラーとしての技術を見につけ、そして日々その技術を磨き、
自分の中のブロックとか、トラウマにも一つ一つ向きあい、自分の軸をしっかり確立したからこそ、
好循環が回っている様に見えます。
だからこそ、癒し、
という物が大切になると思います。
しかし、それは、薄っぺらい、口先の愛という麻酔薬を使っての癒しとは、全く似ていて比なる物だと私は感じます。
ではでは!
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