大きな勇気が必要でした。
勇気を出す前、十字架や聖母像を目の前に置き、祈りを込め、行動に移しました。
結果、勇気を出して、良かったです。
病気だからといって、自分の思い通りになるわけではない、
病気だからといって、自分の願いが叶うわけではない、
病気だからといって、自分の都合の良い結果になるわけでない、
これが、「運命」なのだと感じました。
長年心残りだっただけに、心にショックもあり、
フッと気をぬくと目頭が熱くなる瞬間があります。
今朝のカトリック教会のミサ中でも、
あたたかい慰めの泉の空間で、何度か涙が流れましたが、
ベールを深く被り、顔を隠したので、
子ども達や周囲の方々に、涙は気付かれなかったと思います。
たとえ、気付いておられても、きっと、私の心のことを影ながら祈って下さっていたと思います。
一つのことが大きく前進しました。
心残りだったここに蓋をして、天国へ旅立っていたら……
勇気を出して、良かったです。
大きな後悔や失敗の多い人生でしたが、
この先の後悔を一つ、減らせたかもしれません。
これから時間をかけて行う長い終活の一つ…
勇気を出して、本当に良かったです。
「天国へ旅立つまでに、このことだけはやっておかないと」
ということが、あります。
その中の一つの心残りは、
私にとっては簡単なことではない、あまりに高い壁なので、天国へ旅立つ直前で良いかな…?と、
最後の最後にします。
他の心残りの一つ、これも、今年に入り解決しました。
それは、高校時代の親友との再会でした。
仲良しだった高校時代の親友と、卒業後、色々あり、長い期間、疎遠になっていました。
そんな中、平滑筋肉腫に罹患したことがきっかけで連絡を取るようになった、もう一人の高校時代の親友が、
「◯◯ちゃんにも、連絡をとっていい?
病気のことは私からは言わないからね」
と、再会の時をセッティングしてくれました。
そして、再会の時…
長い時間、お互い気にしながらもわだかまりと遠慮があり、決して連絡を取れなかった私たちでしたが、
その長い期間が嘘のように、すぐに打ち解け、
一瞬にして、高校時代と変わらない仲の良い友人同士に戻れました。
病気のことを伝えると、信じられない様子で混乱していましたが、徐々に受け入れてくれました。
その後、二人で再会したり、LINEのやり取りをして、繋がりを再開しています。
今年に入り、大きな心残りだった二つに向き合えたことは、キャンサーギフト、
病気によって与えられた勇気と恵みです。
まだまだ、気になるけど目を背けたい、勇気がない、
見つめたくない、後回しにしたい、心残りがいくつかあります。
出来れば、いつか天国へ旅立つ前に、心残りと向き合いたいです。
急がなくていい…簡単なことではないのだから。
ゆっくり、少しづつ、一歩一歩、
見つめて行けたらいいですね、お互いに。
心残りを、一つでも減らして、
いつか皆の最終地点、天の故郷、皆様の待つ御国へ旅立ちたいですね。
【第二朗読】
皆さん、キリストは死者の中から復活した、
と宣べ伝えられているのに、
あなたがたの中のある者が、
死者の復活などない、
と言っているのはどういうわけですか。
死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。
そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、
あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。
そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。
この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、
わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。
しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、
眠りについた人たちの初穂となられました。
(コリントの信徒への手紙 一 15:12、16-20)
【福音朗読】
イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
「貧しい人々は、幸いである、
神の国はあなたがたのものである。
今飢えている人々は、幸いである、
あなたがたは満たされる。
今泣いている人々は、幸いである、
あなたがたは笑うようになる。
人々に憎まれるとき、
また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、
あなたがたは幸いである。
その日には、喜び踊りなさい。
天には大きな報いがある。」
(ルカによる福音書 6:17、20-26)
【共同祈願】
・気候変動や環境破壊が進むなか、
自然とのかかわりを見直し、
神から与えられた家であるこの世界を
大切にしていくことができますように。
・貧困や飢餓に苦しむ人々の不安を取り去り、
神の国の希望で支えてください。
あなたに導かれる援助活動も
力となっていきますように。
私の、お一人お一人の、
今週一週間の一日一日…、
心身が守られ、支えられますように。
私にとってイエス様は、この様な方です。
みんなが石を投げつけたくなるような女でも、
「この中で罪の無い者だけが、この女に石を投げなさい」
と言って、うずくまる私の手を取って下さる…こんな者さへも愛し抜いて下さる方。
私の救い主、慰め主、癒し主、導き手。
大好きです。
でも、時々、愛されてることを忘れて、
「悲しい、不幸だ、辛い、嫌だ、エーン、エーン」
とよく落ち込んでしまうの。
さっき、ある事で、また泣きそうになった瞬間、
即座に手が伸ばされてくる感覚を感じたよ。
あ〜、共に居て下さるんだ…と実感して、
一瞬で涙がひっこんで、嬉しくて微笑んでしまったよ。
聖イグナチオ教会で洗礼を受けて12〜3年、経つかな。
いつも、ずっと、この絵のように側に居て下さるの。
(主の臨在…すぐ忘れてダークサイドへ行っちゃうんだけどね^-^;)
早くあなたの御許へ行きたいな♡
もう少し、神様のお仕事があるのかな。
もう少し、この地上でがんばらなきゃいけないんだろうね。
ファイト!私。
ファイト!みんな。
2月18日(月)
一日の中でも波があり、夜、子ども達2人の習い事の送迎を終えて、夕食を食べさせたり、
バタバタした後、フッと別の部屋で1人になった時、
グワーッと気持ちが落ちた↘︎( ; ; )
泣いた、飲んだ、心で叫んだ。
「早く迎えに来て!(もう生きていたくないの!)」
と、急に気持ちが落ちてしまった↘︎
ずっと気を張って動き回って、疲れがピークの時に、
フッと気が緩んだ瞬間にグワーッと来ることあるね。
そんな時、
「悩みがある時に、(私の)ブログに本当に勇気付けられた。ブログを見て、がんばらないといけないと思った」
と言って下さる方などいて、
「こんな私でも人を勇気付けたり、何か力になれるんだ…」と、
泣くだけ泣いた後、少しづつ気持ちを持ち直せた↗︎
良かった。
ジェットコースターみたいなこの感情、どうにかならないものかしら…。
今日一日、お疲れ様です。
少しでも心身が休まり、眠れますように。
私の、お一人お一人の、
この夜を、支えて下さい。
この夜を、守って下さい。
お願いします。