酒友 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

7月の半ばの日曜日、職場の納涼会が品川であった。

品川に到着したものの、開宴まで、1時間以上あったので、ちょいと一人0次会をすることにした。

こういう時インターネットのグルメサイトがあると助かる。

調べたら、納涼会会場からすぐのところに、よさげな秋田料理の店を発見した。

秋田といえばじゅんさい。丁度じゅんさいの旨い季節だ。

ここは、もうここで決まりだろう。

俺は、そこで小一時間を過ごすことにした。

幸い店は空いていて、俺は待つことも無くすんなりカウンター席に通された。

 


カウンターに着き、取り敢えずのビールを頼んだ。

卓上にビールの写真付きの立体メニューが置かれていたのだ。

俺はそれを指さすと、席に案内してくれた人のよさそうな青年店員さんに、

「これ。」

と告げた。


 

何気に注文してしまっていたが、田沢湖ビールアルト、という秋田の地ビールだった。

 

 

ビールとともに、注文した覚えのない、小鉢料理が目の前に置かれた。

いくら地ビールとはいえ、グラスビールで800円くらいして、ちょっと高いな、と思っていたのだが、お通し代含めてのものだったらしい。

もやしナムルにさつま揚げ。まあ、悪くない。

俺はビールを飲みながら、改めてメニューを手にし、それを眺めた。

そして、そこにとても興味深いメニューを発見してしまった。

 

 

 

珍しい秋田の日本酒の名前が数種類列記されていた。

そして、それらの飲み比べができるという。

ちょい飲み(70ml)三種ならば1400円。

かっつり飲み(120ml)二種ならば1500円。

どうしようか?

この後納涼会だ。あまり酔うわけにもいかない。

俺はちょい飲み三種を選択した。

それから、酒に合いそうな軽いアテをいくつか選んだ。

 

 

はたはたの飯寿司に、

 

 

いぶりがっこ。

 

 

そして比内地鶏の唐揚げ。

 

 

日本酒三種は、生成と書いてエクリュ、瑠璃と書いてラピスと読む、とても日本酒らしからぬ名前の酒と、land of waterという、日本語が全く使われていない英語表示のものを選択した。

生憎、land of waterは切れていた。

代替として一白水成が用意された。

店員さんが、「切らしてしまって申し訳ありません。」とすまなそうにはにかみながら、慣れた手つきでグラスの縁きっかりまで注いでくれた。

 

 

日本酒飲み比べをしながら、しばらくは料理とともに味わっていたのだが、俺はふと思い出した。

そうだった!

当初の目的はジュンサイだったじゃないか!

慌てて、メニューに目を落とし、俺はジュンサイの文字をそsこに探した。

それはジュンサイという単体ではなく、「じゅんさいとトマトの酢の物」として存在していた。

じゅんさいは良いがトマトは余計に思えた。

出来ればジュンサイ100%で味わいたい。

トマトを抜いてもらうことは可能かを、店員さんに訊ねると、彼は、

「可能ですが、そうすると美味しくないかもしれません。」

と顔をやや曇らせた。

どうやらトマトの酢の物が肝要らしい。

郷に入ったら郷に従えだ。

俺は彼を信じ、トマト付きでお願いした。

 

 

じゅんさいとトマトの酢の物は、トマトのみでなく、バジルシードというカエルの卵のようなものまでが添えられてきた。

じゅんさいとトマト、それにバジルシードを同時に匙に掬い口に運ぶと、これが「ほうっ!」と膝を打つほどに意表を突いた美味しさだった。

変に自己主張しなくてよかったと、俺は心底反省した。

しかし、酒がすっかり空いてしまった。

料理はまだまだ残っている。

ここはひとつ、がっつり二種いってみるか?!

俺は卓上のボタンを押していた。

この店は卓上に呼び出しボタンがあり、注文したいときには声をあげて店員さんを呼ばなくてもいいシステムになっていた。

すぐに先ほどの彼が現れた。

俺はがっつり二種をお願いすることにした。

例のメニューから今度は、美酒の設計と、出羽鶴を選択した。

しかし、それらを告げた俺に、彼は、やや声を潜めると、

「こちらのメニューに載って無いものもご用意できますが・・・」

と切り出してきた。

そういうことなら、と、俺は出羽鶴をやめて、その隠れメニューをお願いすることにした。

 

 

メニューに載っていないお酒というのは五風十雨というお酒だった。

なんでも好き嫌いの分かれるお酒らしく、万人受けはしないのだそう。

「お客さんは、日本酒お好きなようなので、大丈夫かな、と思って。」

そう笑顔でいいながら、また今度はさっきより大きめのグラスにこれまたグラスの縁きっかり迄注いでくれた。

それを目にしてしまったのは、そんな時だった。

年中存在する定番メニューと、限定メニューがあるのだが、限定メニューの中に「秘伝」の文字を見つけてしまったのだ。

「限定」

「秘伝」

こういう言葉に俺は弱いところがある。

「秘伝糠漬けのはたはた焼き。(子持ち)」

秋田といったら、じゅんさいもそうだが、はたはたも外せない。すでに飯寿司では食べていたが、あれは卵無しだった。

ここは子持ちも食べておけねば!

俺は、丁度、お酒を注ぎ終えた彼に、咄嗟にそれも注文してしまっていた。

「お時間、10分ほど頂きますが、よろしいですか?」

「OKです!」

俺は即答した。

 

比内地鶏の唐揚げを食べ終え、がっつり二種が空きかけた頃、ハタハタ焼きが運ばれてきた。

 

 

夏のこの時期に、子持ちのハタハタ焼きが食べられるとは思わなかった。

しかも、けっこう大きい。プチプチの卵もたっぷりあった。

残りの酒では、つり合いがとれないのは明白だった。

俺は、卓上のボタンを押すと、再び現れた彼に、新たに定番メニューから「まんさくの花」を一合追加した。

「それはもう、ハタハタにぴったりです。」

彼はうなづきながらにっこりと笑った。

 

 

まんさくの花を飲み終えるのと、ハタハタを食べ終えるのは同時だった。

我ながらうまく調整できた。

時間もぴったりだ。

会計は席に着いたままでいいらしい。

俺はまた卓上のボタンを押した。

「それじゃあ、お会計お願いします。どうもごちそうさまでした。」

現れた彼にそう告げると、

「いえいえ、こちらこそ。気持ちがいいくらいの飲みっぷりで、ありがとうございました。」

と、微笑んだ。

それから、伝票を持ってきてくれたのだが・・・

 

 

ちょいと0次会のつもりが、がっつり1次会になってしまったことは、別にして、伝票の一番上に書かれた、

「酒友代420円。」

というのは、なんのことだろう?

まあ、店員の彼、最後はもう、友達のように感じてはいたのだけれど・・・