路地裏で | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

日曜日だったが、品川でちょっとした会合に出る必要があった。

品川。

俺にとっては、通過することは多いが駅の外に出ることが滅多にない街だ。

最後に街に降り立ったのはいつだっただろう?

もう5、6年経っているような気がする。

品川に着いたものの、約束の時間まではまだ1時間以上あった。

となれば、やはり飲んで待つしかない。

駅構内にもいろいろな飲食店は存在したが、やはり久しぶりの品川、駅構外の品川ならではの店で過ごしたい。

港南口駅前に、ごちゃごちゃと細い路地が入り組んだイイ感じの飲み屋街があるのだ。

あそこに行けばどこかしらいい店がみつかるだろう。

会合は高輪口だったが、俺は、迷うことなくその逆の港南口へ足を向けた。

しかし、大切なことを忘れていた。

そう。この日は日曜。

飲み屋街についたものの、その多くは店を閉ざしていた。

営業しているのはその周辺のビルに入っているチェーンの居酒屋ばかり。だからといって、わざわざ品川で降りておいて、全国どこにでもあるような店に入るのは、吝かだった。

俺は執拗に入り組んだ路地を、どこか営業している店はないものかと彷徨った。

その成果が実ったのか、赤提灯の灯る一軒の居酒屋を発見した。

ここしかない!

俺は、ためらうことなく、店の扉に手をかけた。

 

店に入ると、そこそこの混みあいで、「一人なんだけど、入れます?」と訊いた俺に、おそらくに言葉遣いから大陸系と思われる女の子は、「カウンター、いいか?」と言ってちょこっと首を横に傾げた。頷いた俺を見ると、「こっち、どうぞ。」と偶々一席だけ空いていたカウンター席に俺を通してくれた。

左右に「すみません。」と頭を下げて、その間に俺は入り込んだ。

それから、背後に立つ女の子にとりあえずの瓶ビールをお願いした。

さて、何を食べるか?

何がこの店のお勧めなのだろう。

両隣をみると両隣だけでなく、その隣も、そのまた隣も同じものを食べていた。

赤い煮込みのようなものだ。

そして皆がそれをおかずに白いご飯をかっ込んでいた。

煮込みが人気だということは、言葉で伝えられなくても理解ができた。

実際、改めて店内を見渡すと、店の壁には「当店オススメ、牛筋煮込み」と書かれた張り紙が見てとれた。

煮込み単品で頼むより、100円かそこら値が高くなるようだったが、煮込み定食で頼んだほうが御飯やらみそ汁やら、その他小鉢やらがつく分お得なのかもしれなかった。

しかし、そう言った付属品は今の俺には不要だ。

ちょっと割高なのかもしれなかったが、俺は煮込みを単品でお願いした。

と、同時に、瓶ビールが目の前に置かれた。

 

 

なぜか枝豆が付いていた。

枝豆をつまみにビールを飲んでいると、例の煮込みが届く。

 

 

真っ赤なスープに煮込まれた牛筋がゴロゴロ入っている。

柔らかすぎず、少し筋々感が残っている食感がまたいい。

スープの辛さが絶妙だ。

たしかに多くの客が御飯を携えているのがわかる。このスープだけで、御飯三回はお替りできるんじゃないだろうか?

俺はしないけど。

そのかわりにと言っちゃなんだけど・・・

酒のメニューを見ると地酒が四種あるようだった。

 

 

一つを除いて、他の三つはどれも580円。

一ノ蔵に男山、それにがんこおやじ。

がんこおやじってのは飲んだことがない。

「すみませーん、がんこおやじくださーい。」

俺は背後を振り返ると、店の女の子にそう声を張り上げた。

 

 

厨房では店のマスターと思しき男性が、黙々と円盤状の何かを揚げては、それをカウンターテーブルの上に重ねていた。

ご丁寧に一枚一枚積み重ねるたびに、その間に油吸いの為なのか、クッキングペーパーが挟まれる。

目の前に積みあがりタワー化していくそれらに、俺は興味の赴きを隠せなかった。

 

 

クレープにしては厚いし、かき揚げにしては薄っぺらい。お好み焼きにしては油っぽかった。煎餅にしては大きすぎるし柔らかそうだ。ピザにしてはチーズがない。

なんなのだ、これは?

考えてもわからないときは、訊く迄だ。

ちょうど、日本酒を持ってきてくれた店の女の子に俺は、それを受け取りざまに訊いた。

「これは、なんなのかな?」

そんな俺に、彼女は「え、知らないの?」といった感じの驚いた表情を見せると、

「チヂミ」

と教えてくれた。

そうか、それがあったか!

確かに店の壁には牛筋煮込み同様、チヂミもお勧めだと示す張り紙が貼られていた。

しかし、チヂミってのは揚げるものだったっけ。

いや、その揚げチヂミってのがこの店の特有のもので、売りなのかもしれない。

次の瞬間、俺は、それも頼んでいた。

てっきり、目の前に重ねられてあるものの一つが手渡されるのかと思いきや、どういうことなのか、マスターは新たにそれを作り始めた。

なんだろう。

積み重ねられたものはお土産用?

注文が入れば揚げたてを出すのがルールなのか?

熱々が頂けるのは嬉しい話ではあったが、生憎つまみがなくなってしまった。

チヂミが揚がるまで、酒だけをちびちび飲むのも口寂しい。

俺は、また背後を振り返ると、

「すみません、チャンジャも追加で!」

と声をあげた。

 

 

チャンジャは待たずして届けられた。

こうなると、今度は日本酒が足りない。

がんこおやじも旨かったが、同じものを頼むのも芸がないしつまらない。

俺は今度は一ノ蔵をお願いした。

 

 

届いたそれは、先ほどのがんこおやじと見た目は全然変わらなかった。

チャンジャをアテにちびちび飲んでいると、念願のチヂミが届く。

 

 

円盤状で届くのかと思っていたそれは扇型にカットされ食べやすくなっていた。

しかし、一人にはちと量が多いか。

左隣の若いカップルに「よかったらどう?」って勧めてみようか?

右隣もカップルだったが、俺より年配だし、すでに結構出来上がっていた。

勧めるならこっちだ。

と思うまもなく、左隣で牛スジ煮込みつまみにご飯をかっこんでいた若い男性が立ち上がると、会計をしにレジへとたった。

後には、一つ席を空けて俺と彼の彼女が残された。

それまでは男に隠されていて気がつかなかったが、彼女は結構なショートパンツを履いていた。

白い太腿がむき出しになっている。

こういうのって目のやり場に困る。本当は滅茶凝視したいのだが、それは絶対にやってはいけない。かと言ってチラチラ見るのも余計にいやらしい。

まるで無視して目を反対方向に向けたままにしておくのが無難なんだろうけれど、それができないのが男の性。

しかし、俺はあえてぶっきらぼうな顔を装うと、正面を見据え、チヂミをつまんだ。

どうせ二人とも店から去ってしまうのだ。隣にお裾分けするという案は消えた。

だから、その後、彼だけが店から消え、彼女が居残り続けたのを知った時の俺の驚きったら!

「えーーオマイらカップルじゃなかったのかよ!」

と、思わず口に出すところだった。

同じくらいの若い男女がカウンターで肩並べて飯食ってるから、てっきりカップルなんだと決めつけてしまっていたが、そういや、会話は聞こえてこなかったな。

しかしだしかし、お嬢さん。

ってことはアンタ一人で、それもそんなおっさん心をくすぐるような挑発的格好して、こんな酒場に来てるのかい?

全く最近のワケー子は!

なんて思うようになったってことは俺もすっかりおじさんだな。

俺はフットと短いため息をつくと酒を飲んだ。

結局チヂミは一人で食べた。

向こうの彼女もいつしか姿を消していた。

約束の時間まではまだあった。

俺はさらなるつまみに挑んで見ることにした。

「おつまみ牛テール。」

なんだかそそるネーミングではないか。

どんなものなのだろう?

しかし、注文はしたものの、これも頼んですぐに出されてくるものではなかった。

結構調理に時間がかかるらしい。

どうも、計算が合わない。

酒も空いてしまった。しかし幸いなことにチャンジャもチヂミもわずかながら残っていた。

俺は三酒の残り、男山をお願いした。

 

 

届いた男山は、これまた、見た目全く前二者と見分けがつかなかった。

男山をすすり、チャンジャもチヂミも消えた頃、ようやく待ちに待った「おつまみ牛テール」が目の前に置かれた。

 

 

コラーゲンたっぷりのトロントロンが硬い牛骨にまとわりついている。

しゃぶりつく、行儀を気にしちゃ食えないタイプのものだ。

「こりゃあ、おつまみ牛テールってより、おしゃぶり牛テールだな。」

と呟いてしゃぶったそれは、思いのほかに熱々だった。

「アチッ!」

と思わず叫んだ俺に、

「アツいよ、気をつけて。」

と店の女の子が微笑んだ。

 

 

おしゃぶり、いや、おつまみ牛テールを平らげると同時に酒も丁度空いた。

なんだかんだいい感じだ。

終わりよければ全て良しだ。

それでは行くか!

時計を見ると、約束の時間をとうに過ぎていた。

やばいやばい。

そそくさと会計をすませると、俺は高輪口へと走っていった。

 

 

後で知ったが、この店、以前訪れていた。

すっかり忘れていたけれど、当時はいまいち満足できていなかったみたいだ。

しかし今回は満足だったってことは、俺が変わったのか、はたまた店が変わったのか?

まあ、どっちでもいいか。

時代が変われば感想も変わる。

そういうものなのかもしれないね。