五反田の「食堂」という名の飲み屋での飲み会に参加したのはいつのことだったか?
つい此間のような気もするし、一か月以上前の事のようにも思える。
こういう時インスタは便利だ。
その記録によると、それは10月16日のことだった。
どうして俺がそのような飲み会に参加することになったかというと、それはその一か月くらい前に、遡る。
ツイッターにメッセージが届き、見ると、飲み友達のD氏からだった。
10/16に五反田で飲み会を開くのだが参加できるかとの内容だった。
彼は時々、こんな感じで俺を誘ってくれる。
開催時の半年前の事もあれば、直前のこともある。
飲み会当日の朝なんてことも無いわけでは無かった。
薄々感じてはいたが、そういう時は、十中八九、代打だった。
その日参加予定だった誰かが土壇場になってキャンセルしてきたための穴埋めに呼ばれているのだ。
要するに、本当に一緒に飲みたかった第一候補ではない。
妥協で、仕方なく呼ばれているのだ。
だが色々意見があるかとは思うが、俺はそうわかっている時でも、できる限り無理をしてでも参加することにしている。
その状況の幹事の辛さを痛いほどわかるからだ。
だが、今回の場合は、まだ一か月先と余裕があった。
という事は誰かの穴埋めに呼ばれているというわけでもなさそうに思えた。
今回は俺が第一候補なのだ。
俺は二つ返事で、OKと返信した。
初めて行く店だった。
多数の飲食店が詰まりまくった、五反田の雑居ビルの一角にその店はあった。
店に入ると、思いの外狭かった。
8人も座れば、もういっぱいのカウンター席しかない。
どうやら、店を貸し切っての飲み会のようだった。
この手の飲み会の時、大抵俺は約束の時間の15分くらい前には着くことにしている。
この日もそうだったが、俺以外まだ誰も客は来ていなかった。
カウンターの一番入り口側の席に座り、一人、皆が揃うのを待った。
誰が来るのかは聞かされていなかったし、訊きもしなかった。
そうしているうちに一人の女性が入ってきた。
何度か、D氏主宰の飲み会で一緒になったことがある女性だった。
顔は知っているが、あまり話したことも無い。名前も覚えていなかった。
彼女は店に入ってくるなり、開口一番、
「あ、内装変わってる!」
と、声を挙げた。
それから隅に座る俺に気付き、「あら、こんにちは。」と会釈をすると、隣の席に腰かけた。
「前にもいらしたことあるんですか?」
と尋ねた俺に、
「ええ、何度か。」
と言った。それから、ちょっと間をおいて、
「といっても2年くらい前の話だけど。」
と笑った。
なんだか、その笑顔は俺には苦笑いのように見えた。
次に入ってきた女性二人組も、店に足を踏み入れるなり、
「なんか、雰囲気かわってない?」
「広くなった気がする。」
なんてことを口走っていた。
その後に揃った者も、みんな似たような反応を示していた。
どうやら、初訪問は俺だけ、みんな過去に何度か来たことがあるようだった。
皆のそんな場慣れした様子を目の当たりにして、俺は劣等感、疎外感のようなものを少なからず覚えてしまっていた。
なんだろ、D氏の同窓会にたまさか参加してしまった、D氏の会社の同僚のような、気軽に話せるのD氏だけ、みたいな。
しかし、その肝心のD氏は、俺からずっと離れた席に座って、隣の女性と談笑している。
俺は、ひたすら飲み食いに徹することにした。
食通のD氏が行きつけのお店だけあって、出される料理はどれもおいしいものばかりだった。
美味しいだけでなく、色々とディテールにまでこだわっている。
例えば、椀物には、客に出す前に霧吹きで水滴を椀に吹き付ける、とか。
そうすることで、このお椀はあなた様以外誰も手を触れていませんよ、という証明になるのだとか。
俺は心底、感嘆してしまった。
ここは、個人的にまた来たい。
「個人的に、また伺いたいんですが、予約ってできるんですかね?」
店の片隅で、そう俺にそっと尋ねられた店の主人は、顔を曇らせると、どこか言いにくそうに答えた。
「ごめんなさいね。実は予約、今受け付けてないのですよ。」
そして、店の壁を指さした。
そこにはこう書かれた張り紙が貼られていた。
「只今、2022年夏までご予約が一杯となっております。そのため予約は一旦ストップさせていただいております。」
2022年!
何年先よ!
言葉を失い唖然とする俺の耳に、一人の女性の話す会話が聞こえてきた。
「そういえば斎藤君残念だったね。もう2年も前から予約していたのに、9月になって急に鹿児島転勤になるなんてね。」
9月?
俺が打診された頃じゃないか。
ってことは・・・・
やっぱり俺、代打だったんかーーーーーーーーーーーーい!
「すみませーん、日本酒お替り!」
俺は声を張り上げた。
※ブログの内容は事実とは異なります。