オチない話 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

一週前の嵐が嘘のように穏やかな快晴に恵まれた休日の朝だった。
こういう日は空港に限る。
渋谷マークシティーからリムジンバスに乗って、空港に行って、ロビーを行き交う様々な人々を眺めながら、一方で滑走路から飛び立ち小さくなっていく飛行機を眺めながら、ぼんやりと酒を飲みつつ一日を過ごすのだ。
今、もっともトレンディーとされる休日のライフスタイルだ。先月のセブンティーにも、75ansにも、VaVaでも、BavaCanや隠居画報にすら、そう載っていたから間違いない。
そうと決まれば善は急げだ。
俺は床から身を起こすと、隣のベッドで大の字になって寝ている女を叩き起こした。
言い遅れたが俺は女にベッドから蹴り落とされ、目が覚めたのだ。
「なんだよお、いい気分で寝てたのに・・・」
そういって目を擦る女を俺は急かした。
「羽田だ、羽田。羽田行くぜ。」

マークシティーからリムジンバスに乗り込み、羽田空港に到着したまでは問題なかった。
ターミナルを第1、第2どちらで降りるべきなのか迷ったのを別にすれば、すべてマニュアル通り事が進んだ。
とりあえず第1を選んでみた俺だったが・・・
第1ターミナルでバスを降りたまではよかったものの、ターミナルのどこで過ごすのが最もトレンディーなのかをチャックし忘れていたことは、致命的な誤算だった。
ターミナルに到着するまで知らなかったが、みんながみんなどの店も、人々の行き交う通路と飛行機が離陸する滑走路、同時に見渡せる設計にはなっていなかったのだ。というか、そんな店どこにも見当たらなかった。
「畜生、あいつら適当な事、載せやがって!なにが、『今度の週末は彼と空港デートでキマリッ(るん♪)』だ!」
俺はあの記事を信じて、女はそういうの喜ぶものだと、わざわざこんなところまで出てきたというのに・・・
しかし、今更ファッション雑誌を恨んだ所でどうしようもなかった。
もう賽は投げられたのだ。
「どうしようかのう・・・?」
悩む間も無く、隣で女が俺にせがむ。
「オマイさん、ハラヘッ。」
わからない方のために説明しておくと「ハラヘッ」とは「腹減った。」の短縮語、所謂、狸言葉である。
ちなみに狸とは「た」抜き、ちょいとした隠語である。
「そうさのう・・・まあ、条件は揃わんが、どっかでなんか食うとするかのう・・・」
そう俺が言い終えぬうちに女は言った。
「オマイさん、羽田といったらリキューだよ。」
リキュー・・・
リキューっていえば、アレか。牛タンの名店。
あれが羽田空港にも出店してたのか。
そういわれれば、たしかにそれは名案に思えた。名を聞いただけで、無性に牛タンが食べたくなってくる。
ワンタン、牛タン、ナポリタン、世界三大タン料理のひとつでもある。
気を取り直すと俺は言った。
「よし、それじゃ、リキュー行こうじゃないか。」

女が俺の腕を引いて連れてきてくれたリキューは、どこか俺の印象と違って見えた。
少なくとも俺の知るリキューにチャイナドレスを纏った店員はいないはずだった。
それから、料理も中華なんて扱っていなかったはずだ。
さらに、牛タンを置いてないリキューなんて聞いたことがない。
しかし・・・

「ここだよ!」
と、女に腕を引かれて入った店内、
「いらっしゃいませ。」
とにっこりと品のいい笑顔で迎えてくれたのは、脇に深いスリットの入ったチャイナドレスを纏った美女だった。
常日頃言っていることで、もはや言うまでも無いことかも知れないが、俺はチャイナドレスの美女が大好きなのだ。
ついでだから行ってしまうが、俺は常にどんな美女にも三つのドレスを求めている。
チャイナドレス メールアドレス エンドレス、この三つだ。
いずれにしたってささやかなものだ。
チャイナドレスを着て俺の前に現れ、「後で連絡して。うふっ。」ってメールアドレスを教えてくれ、そして俺との関係はエンドレス・・・それだけで俺はもう十分だ。
すでにその一つを彼女はかなえてくれていた。
あと二つだ。
「ああ、これは運命なんだな。」
俺は悟った。
このあと、俺は彼女のメールアドレスを得て、そして、いつしか二人はエンドレス・・・
メニューに牛タンが無かろうがいいじゃないか。
俺は目の前で笑みを湛える彼女に同じようににっこり頷いてみせると、言った。
「とりあえず、紹興酒ね!それと・・・」
いや、まだ早い。それを告げるのはもっと後だ。
俺は開いた口を閉じかけた。
しかし、
「それと?」
そういうと彼女は「なあに?」というように首を傾げにっこりした。
以前もどこかで言ったが、俺はこの首傾げにっこりに弱い。
「それと・・・」
俺は知らず知らず閉じかけた口を再び開くと後を続けていた。
だが、俺はそれを最後まで彼女に伝えることは出来なかった。
すっかり彼女の首かしげにっこりにやられ、周りが見えなくなり、俺は重大なことを忘れていた。
「君のメールア・・・」
まで言った時点で、
「オマイさん、なに言っとーとー!」
の声が響き、同時に目の前が真っ暗になり、俺は深い深い闇の底へと落ちて行った。

気が付くと俺は飛行機の中にいた。
「ここは?」
と、周囲を見渡す俺の隣で女が言った。
「罰として、急遽博多に行くことにしたけん!」
そういうと女は通常の二倍以上に広がった鼻の穴からフンッと大きく息を噴き出した。
同時にジェットが唸りをあげた。
俺の博多旅行がはじまった。

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

あと、あれね。
誤解なきよう言っておくけど、
博多旅行がはじまったって事以外、全部嘘ね。
架空の話なんで、そこのところ宜しく。

しかし、あれだな。チャイナドレス、いいね。